1-10 明け方にて

 夜の暗さが薄らいで、少し明るくなったように感じる時間。俺はマルマーへと歩みを進めていた。服部が言うにはタラソに処理を任せてあるとのことだったが、途中で抜け出してきてしまった以上はちゃんと一言伝えておくべきだろう。

 

 通常、明け方のマルマーの駐車場は車一台も止まっていないのがザラで、今日という変わった日でもその光景はいつも通りだった。店内を外から見ても、客はいないようで、糸崎ちゃんも今はカウンターの中にいなかった。

 正直、タラソがどんな処理をしてくれているかは分からないが仕事を途中で抜け出した経験がほとんどないため、相手がどんな反応をするか思いつかないというのが本当のところだ。


 フォビアでは結構自分なりに真面目に任務に取り組んでいたつもりだったし、マルマーでもほどほどに仕事をしている、と思う。

 まぁその真面目に取り組んでいたつもりのフォビアを規律違反でクビになったわけだけども。


 店内に入り、周囲を見回すと隅の方で商品の補充を行ってる彼女が居た。集中しているようで、こちらに気が付いてはいないようだ。何と声をかけるか悩んだ末に俺が出した結論は……


「あー……糸崎ちゃん。今戻りました。迷惑かけて申し訳ない」

 とりあえず報告することだった。いない間に何があったかを詳細に伝えることは出来ないが、ひとまずきちんと謝罪を入れておく必要があるだろうというのが結論だった。

 糸崎ちゃんは、いきなり声をかけられたことに驚いた表情を見せると、辺りを見回した。店内に客がいないこと、外に入ってきそうな人影がいないことを確認したであろう彼女は1つ呼吸を入れてこっちに顔を向けた。


「怪我は大丈夫でしたか!?」

「え、ああ、うん。大丈夫だけど……糸崎ちゃん、どういう話を知ってる?」

「えーと……怜人さんが少し離れるって言ってから30分くらい経ったぐらいに、女の人が来たんです」

 恐らく、タラソのことだろう。30分というと、チンピラ達と戦い終わってアイと話していたくらいだろうか?その段階で既に手を回していたのだとすると判断は早い。

「その女の人が警察の方って名乗られて、それで怜人さんがケンカに割って入ったって話をされて……警察手帳って初めて見たんですけど、本物っぽかったですし、事情聴取と手当でしばらく怜人さんが返ってくるまでに時間がかかるそうなので、ということまで聞いたんです」


 糸崎ちゃんは不安そうな表情を浮かべながらも、一気に最後まで話しきった。警察手帳に関して、パッと見というか書いてある内容も概ね本物と違いはない。ただし、警察としての権限は一切ない。

 要はこういう処理の際に使用するための小道具だ。とはいえ警察と秘密裏に協力して作成されたものなので本物そっくりなので初めて見た人はもちろん、もし見たことがある人でも軽く見ただけでは真贋を見抜くことはできないほどのクオリティだ。


「それで、俺が怪我したまま戻ってきたと思ったわけか。……心配までかけちゃったかな」

「そりゃあ、心配しますよ。治安が悪い、って話の中で知ってる人まで巻き込まれちゃったら怖いですもん」

「警察の人にも釘をさされたよ。あんまり変な気を起こすなってさ。ケンカも巻き込まれたけど中々危なかったし」

 折角の円滑な処理を不意にするわけにもいかないので本当のことを土台に少しずつ嘘を織り交ぜて、自分からも説明を入れておく。


「怜人さん、やれることが多いから本当に気を付けなきゃダメですよ。次怪我するとも限らないんですし……」

「分かってるさ。俺も怪我したいわけじゃないしね。今回がたまたま近かったから向かっちゃっただけ」

「それならいいんですけど……それで、仕事は今から戻れそうですか?」

「大丈夫。そのために戻ってきたんだし。迷惑かけた分しっかりやらせてもらうよ」


 改めて制服に袖を通して支度をする。残ってる業務を確認して、そのまま消化に当たっていく。業務の合間に外を定期的に見ると、日がゆっくりと昇って行っているのが分かった。

 裏の世界から表の世界へ。外の明るさが自分の居場所を指し示しているように感じていく。


 俺の正しい居場所はどこになるんだろうか。


 そんな疑問が少し浮かんだが、今の俺は、いなかった間の業務を終了させなければならない。浮かんだ疑問を頭の隅に一度押し込めて今の立場でやるべきことを全うすることにした。

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