1-8 レリーフ
サンドイッチを食べ終わり、コーヒーをゆっくりと喉に流し込んでいく。さっきの剣幕はどこへやら、対面のネクロが緩んだ表情を見せている。
警告はもらったとは言え、さすがにこれでありがとう、で済ませるのもどうだろうかと考えた俺はこれからのことについて話を切り出すことにした。
「それでこれからフォビアに戻るんだよな」
「せやなぁ。とりあえず俺の仕事は終わっとるし、嬢ちゃん連れて戻るだけなんやけど……連れがな」
「連れ?今回はソロじゃないんだな」
「まぁな。誰かさんの穴埋めで、新人研修ってとこや」
ずっと根に持たれてるな……まぁ、対処をマズったといえばそれまでなんだが。
あんまり俺からその辺に触るのは火傷しそうだし、話題を逸らしながら行くことにしよう。
「その新人って言うのはどんなやつなんだ?」
「あー気難しいやつやなぁ。後天的側みたいやし、しゃーないっちゃしゃーないけどな。後何考えてるかよう分からんのが正直キッツいわ」
「後天的か……」
異能を持つ人間は、常人よりも身体能力が高い。異能との因果関係はフォビアでも研究が進められていたが、今のところまだ解明には至っていない。
俺やネクロは先天的に異能を持って生まれた側の人間だ。その上で物心ついた段階でフォビアで訓練や学習をしてきた。普通から切り離されていることを割り切っているタイプともいえる。
このタイプは比較的フォビアの中心メンバーが多く、重要な任務な任務を割り振られたり、異能に後天的に覚醒してしまった対象を確保に向かったりする。
「あんまその話せんけど、怜人クンはその哀れな子羊たちのことお前はどう思っとるんや?」
「機会があんまりないし、そもそもこの話をしたって誰も報われないだろ」
「そらそうやけど。無関心ってわけでもないやろ」
ネクロの質問に俺は軽くため息をついた。
身体能力と異能の因果関係は明らかになっていないが、研究の成果が全く出てないわけではない。後天的覚醒は、覚醒する前に何かしら事件、事故に遭遇しているそうだ。
火災、水害、地震、交通事故、誘拐、強盗。挙げればキリがないがそういった状況に身を置いた極限状況から脱するために、人間の身体が自分自身に覚醒を促し発現する。
つまり後天的覚醒者は精神的に相当な不可を負った上で、日常との乖離を実感することになっていく。自分が自分でないような感覚に苛まれ、覚醒の際にあった出来事と向き合わなければならないとも聞いた。
「俺は苦しい境遇にいたわけじゃないし、なにかと言えば向こうからしたら俺らは怖い存在じゃないかと思う。得体のしれない存在だしな」
「ま、バケモンが人のツラ被ってるようなもんや。当然っちゃ当然やな」
「ただ、それでも理解のために話するくらいはいいんじゃないか?そう思ってフォビアではやってきたつもりだったけど……お前からはどう見えた?」
「正味、お前は普段が軽薄つか飄々としてたからあんま信用されてへんかったと思うぞ」
これで火傷すると誰が予想できただろうか。
「実際そうだったとしても、それ言う必要なくないか?」
「事実やし。しゃーないやんけ」
悪びれた様子もなく、肩をすくめながら言い放たれた。
「ま、そんなわけで新人の紹介は終わりや。向こうのやることももう終わるやろし、ちょいちょい話してみたらええ。気難しいし口数も多くないしで苦労するかもしれんけどな」
「そうしてみるよ。それで、これからどうするんだ?」
「とりあえずお前は出禁やし、今日はこのまま帰ったらええ。新人の任務もお前の方へのつじつま合わせや」
「じゃあ、まぁお言葉に甘えさせてもらうよ。糸崎ちゃんには迷惑かけちまったな」
「余計なことにクビ突っ込まなければええのに、とは言えんからな。実際のとこお前がお前らしくてよかったんちゃうか?」
表情を緩ませながら話す様子はフォビアに居たときによく見た表情だった。
少し懐かしさに覚えた俺は今後のことについて考えることにした。
「今後は俺は動かないほうがいいか?」
「んー好きにしたらええんちゃう?ああ、まぁ分かっとると思うけど<レリーフ>側には入らんようにはしとけよ」
「分かってるよ。わざわざフォビアと敵対したいわけじゃない」
レリーフとは異能覚醒者の中でも一般市民に害を為す存在が自称してるもので、組織だってこそいないもののレリーフのメンバー間で交流があり、ノウハウや情報を共有しているらしい。
「上層部の懸念がそれか」
「そらそうやろな。回復持ちをクビにした上で、敵に助力する存在になりました、とかギャグやん」
「まぁそこは安心してくれ。ってクロノさんにも伝えておいてくれ。あの人には特に負担かけたくないし」
「へいへい。分かりましたよ怜人クン。……っとそうや」
「どうしたんだ?」
今度は何か企んだような、含みのある表情を見せてくる。
「いや、お前は怜人クンなのに俺がネクロってのもバランス悪いやんけ」
「まぁ、それはそうだけどさ。コードネームであって本名をわざわざ明かすこともないだろ?」
「外部者と喋るときはコードネームなんて使わんほうがええやろ。てなわけで」
懐から取り出したメモ帳にさらさらとペンを走らせ、書き終わった瞬間にこちらに突き付けながらこう言った。
「よし、決まりや!これからはこう呼べ!」
『服部平一郎』
「……お前、念のため聞くけど、なんて読むんだ?」
「ん?これは『
この男がどこで生まれたかは俺にも分からないが元々は関西弁ではなかったのは間違いない。
とある日に、漫画を読みふけった翌日にこんな感じになっていたのだ。本人曰く、こっちのほうが話しやすいし、とっつきやすいからとのことだった。
あの生き様がいいのだと語っていたからわざと同じ名字にしないようにしているのか?そういった機微に疎いため、よくは分からないが……。
満足そうなネク……服部を見ると、元々温めた名前なのかもしれない。本人が良いならよしとしよう。
「それで服部、名前についても了解したけど。さっき言ってた新人って言うのはまだかかりそうなのか?」
「連絡はあるからもう来るんちゃうか?」
そんなやり取りをしていると、喫茶店の扉がカランという音を立てて、人影が入ってくるところだった。
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