1-7 深夜のコーヒーブレイク
ネクロに案内されるがままについていった先は、橙色の淡い光が店内を照らしている静かな雰囲気の喫茶店。
中には他の客は居らず、カウンターの中に本を広げて読んでいるマスターであろう年配の男がいるだけだった。
「おっちゃん、いつものやつ2つな。片方は肉抜きで頼むわ」
声をかけるだけかけて、足早に奥の方のテーブル席へと向かっていく。どうにもお気に入りの席のようで、迷いなく座っていった。
「はよ来ーい。とりあえず嬢ちゃんは隣のテーブルのとこ寝かせとけばええやろ」
「いいのか?勝手に決めて」
「おっちゃんなら大丈夫やって。お前がここに来てないだけで俺はちょくちょく来てるし」
「それなら、まぁ……いいのか?というか、ここどういう店なんだ?」
頭に浮かんでいる疑問を口に出す。いくら常連と言えど、気を失っている女の子を連れてくる客を迎合できる喫茶店など、ここ以外にはどこにもないだろう。
「ホンマに一ケ月で鈍ったなぁ…………タナト。いや、今は怜人クンか?」
「そんなに違うか?そんなつもりないんだけどな……」
実際のところ、自分自身そんな感覚はなかった。トレーニングは積んでるし、そもそもここに来るきっかけとなった喧噪に気づいたのも、フォビアにいる時の感覚を忘れないよう神経を尖らせていたからだ。
「なんて言ったらええんやろなぁ。アレや、危機感が薄いねん」
「危機感?蹴りに反応できなかったから、とかそういうことか?」
「まぁ、それもあるけどな?今のお前は基本的に考えが回ってないねん。さっきから疑問に思うことがあるのは結構やけど……そもそも俺を十全に信用してええんか?」
ネクロの目つきが、すっと鋭くなる。獲物を見つけた狩人のように、狩れるかどうかではなくどうやって狩ろうかを考えているような目だ。
逃げるべきだと、考えるよりも先に体が訴える。反射的に席を立とうとする、が。
「座れや」
長い付き合いの中で一度も聞いたことの無い、冷酷な声が真っ直ぐ俺を貫いた。
「嬢ちゃん置いても逃げれるかどうか怪しいやろ。正義の味方ヅラしといて今更置いてくとも思わんけどな」
正直なところ逃げる脚には自信がある。逃げれないということはないだろう。ただそれは1人であればの話だ。気を失ってるアイを連れて行けば可能性はゼロになる。
他に可能性を考えようとも、追放された俺に縋れる糸も無い。答えの無い解答を探さざるを得なくなった俺には口を紡ぐ以外の行動は許されなかった。
「…………ってことになりえるから、気を付けろって言うてんねん」
呆れたような顔で、ネクロは肩をすくめながらそう言った。
「どこまで本気なんだよ?」
「警告なんやから全部本気に決まっとるやんけ。相棒なりの気遣いと、後は上司からの指示でな」
「一体何のためにわざわざ警告なんてするんだ?」
治安が悪い、というのは重々承知している。ただ、警告を受けなければならないほどだろうか?一般人として生活する中で、俺が対処できない可能性というのはもはや警告で済まないレベルだろうし、そうであるならば今の一連の出来事自体が無意味なモノになってしまう。
「異能を持っとるやつがな、急に増えてんねん。時期はお前がフォビアをクビになってからや」
ネクロが気だるそうに言葉を続ける。
「因果関係はあんのかないのか知らんけど、そういうやつらの調査と、可能であれば確保をしとったら治安維持の方に手が追い付かなくなっててんな」
「実際のところ調査と確保は上手くいってるのか?異能を持ってるやつなんて、そんな同時に見つかったなんて聞いたことなかったけど」
「ぼちぼちやなぁ……元々異能持ちがうまーく隠れてたんか、発現が最近なのかもマチマチで苦労してるわ」
異能を持ってる人間には2種類に分かれていて、先天的に異能を持っているタイプと、後天的に異能に覚醒するタイプからなる。
俺やここにいるネクロは前者になるが、異能に覚醒したためにそれまで過ごしてた環境から外れてしまうような人間もいたと聞く。
そういった人間をフォビアが交渉し、本人が望めばフォビアの一員として迎え入れるという工程がある。
だとしても、そうなるのは1年に1人いるかどうかであって、ましてや異能を持って生活を遅れてるような人間がここに来てわざわざ露呈することになるだろうか?
「……俺に疑いがかかってるか」
「潔白ではないやろな。だからこそ、警戒心を促すためにクロノさんから指示もらって任務ついでにお前に警告しにきたんや」
「クロノさんが?」
健勝を願ってくれた人だったし意外ではなかったが、追放された俺をその後まで気にかけてくれるというのは少し嬉しいものがあった。
「ま、そういうわけでな。とりあえず、コーヒーでも飲んでメシでも食って今後とも話そうや」
そう言うと、マスターがコーヒーとサンドイッチをトレーに載せて運んできた。
「……さっきの手前すごい食いづらいんだが?」
「ええやんけええやんけ。肉抜きにしてやっとるんやから少しは信頼してみてみ?」
そういうなり、片方の皿に乗った厚手のサンドイッチを頬張りだした。うっま、と言いながら食べ進めていく様を見て、毒気を抜かれた俺は観念して改めて席に着くことにした。
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