2-8  世間話をするように

 結論から言うと、倉井という青年の姿を商店街の中で見つけることが出来た。すれ違ってから数分経っていたものの、今は50メートルほど後ろから彼の姿を視認している。

 というのも、明らかに倉井の様子がおかしい。


「明子ちゃん。彼って歩き方が独特だったりするのか?」

「いや、そんなことはないです。ないはずなんですけど」


 眉をひそめ、彼女は言い淀む。それもそのはずで、倉井の足取りはふらついている。まるでゾンビや酔っ払いのような様子でゆっくりと歩を進めている。追いつけたのもそれが理由だ。さっきすれ違った時には普通だったようだが、今現在はよたよたと進んでいるのを見つけて今に至る。


「まさかと思うけど……薬物とか……?」

「可能性は0じゃないだろうけどどうだろうな。いくら治安が悪くなったって言っても限度があるんじゃないか?」


 実際のところ京阜市での薬物の取引はあまり多くないはずで、万が一流れるようなことがあればフォビアが最優先に根絶するような代物でもある。

 よって考えられるのは彼が急に奇行に走るような出来事に巻き込まれたか、あるいは何かしらではあるが、異能がこの件に関わっていることだ。


「あれは声を早めにかけたほうがいいんですかね?」

「いや、もう少し様子を見よう。いきなり走り出すこともないだろうし」


 折角なら、彼が何か持っている情報があるのであればできる限り引き出したいという欲もある。

 彼が事件に巻き込まれているのであれば早急に声をかけるべきかもしれないが。


「どこに行くんですかね倉井くん……」

「この商店街を抜けたら住宅地のはずだ。そうなると、誰かに会いに行こうとしてるのか、もしくは商店街の中に目的地があると思うんだ。明子ちゃんはここに詳しかったりする?」

「詳しいってほどじゃないですけど、確かここは今営業してるお店なんてほとんどないはずです」



 時刻は18時を指している。駅周辺は人の波に溢れていたが、こちらは皆無と言ってもいい。彼女の言う通り、シャッターの閉まっている店ばかりだ。無機質に光る街頭が、かろうじて人の手が今も入っていることを唯一示しているようだった。


 そんな中で俺は、建前では住宅街の話を出したもののほぼほぼ倉井の目的地がこの商店街のどこかであると考えていた。


 前提として彼が正常に行動していないのは明白だ。

 その上で目的地がここにあると推測する理由が2つある。1つは事件に巻き込まれたとして、事件の黒幕や犯人がわざわざ家になど招かないであろうこと。基本的にはリスクしかないし、単刀直入に言ってしまえば金銭目的ならもっと狙うのにふさわしい対象がいるだろう。こちらに関しては明子ちゃんに話しても納得してもらえるだろう。

 しかしもう1つの理由は彼女には言うべきではないし、言ったとしても信じられないことでもある。彼が異能と関わってしまってる場合だ。

 どんな純粋無垢な人間でも、生きている限りトラウマになる出来事に直面する可能性は等しく存在する。倉井という人間が好青年で人生を謳歌していたとしても、家族が亡くなったり、死ななくとも恐怖に陥れば覚醒のトリガーを引く可能性がある。


 または、他の異能力者と接触している場合もある。

 相手がレリーフに属する異能力者であれば何が起きても不思議ではない。


 以上の2つの理由から、彼の行方と今現在の商店街の内部に警戒を怠らないようにしながら進んで行こうとした。


 その時。


 不意に、目の前をよたよたと歩いていたはずの倉井が倒れ伏していた。倒れ込んだとか、つまづいたとかという工程をすっ飛ばしてうつ伏せにという状態になっていた。


 まるで時間が飛んだような、常軌を逸した現象に異能の介入を確信した俺は倉井の安否を確認すべく走り出そうとした。が数歩踏み出したところで動けなくなった。

 身体全体ではなく、両足が地面について離れない状態で、周囲を見ると近くの明子ちゃんも動かずに居た。ただ、俺の状況下とは違い彼女は完全に動きを停止していた。


「時間停止……なんてあるのか?」


 思わず、口から出た言葉だった。異能の発現については分からないことの方がまだまだ多い。ありえない、と断言することはできないが疑問が残る。

 疑問は残るが、今はこの状況から脱しなければいけないだろう。とはいえ『廻復力ヒーリング』を使ってみてはいるものの、特に変化が起こる様子がない。


 少ない選択肢すら打開策にならず、八方塞がりになった時にどこからともなく聞いたことの無い声がした。


「無駄な努力は止めた方がいい。時間は止まってなどないが、ここは今、普通じゃあない」


 商店街の建物と建物の間から、帽子を被った男が現れる。


「そして初めましてタナト。会えて光栄だ。少し話をいいかな」


 男はこちらに相対して言い放った。相手をランチに誘うように、そんな気楽な様子で。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界を守る秘密結社から追放されたはずの俺にかかる緊急要請。もう遅いなんてナンセンス。オーケー俺に任せときな。 名来ロウガ @nakuru-rouga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ