1-4 廻復力

 目を閉じて、意識を集中させる。イメージするのは傷を負う前の元の腕。一呼吸だけついて、全神経を腕の傷口へ向ける。

 抉れた箇所がジリジリと熱を発し、その色は赤のままに、淡く光を帯びる。流れていた血は止まり、傷口の外側の皮膚と血肉が、蠢くように、例えるなら四方八方からマグマが中心に向かってなだれ込むようにして

 傷口が埋まり、最後には、くっついた部分がゆっくりと元の皮膚の色へと戻る。いつまで経ってもこの感覚は慣れないな。気持ちがいいわけでもないし、傷の痛みは治まるものの身体の気だるさがその分のしかかってくる。

 ただこの状況下に置いて異能を使ったのは十分な成果を出せたようだ。


 さっきまで優勢の立場だったはずの対面の男たちの顔は、目の前で起きた信じられない光景を受け入れられないのか、ただただ唖然としているようだった。

「な、なにやってやがる……!?」

「いや、ちょっとな。えーと…………手品みたいなもんさ」

「は、はぁ!?」

 恐らく何と返しても同じリアクションだろう。表情と動作から男2人の自身が理解できるキャパシティを超えているのは明白だった。


 動揺している隙を見逃すわけには行かない。ここで一気に終わらせる。

 右足を下げて、一瞬左足を浮かせる。反動を使いそのまま一気に踏み込んで右足を振り上げる!

 ナイフの音が2つが金属音を立てて地面に落ちたのが聞こえた。

 男たちが痛みに表情を曇らせたような気がするが、気の成果もしれない。

「もう一丁、受け取りな……!」

 俺がやったのはただのミドルキックじゃない。軸の左足を使って身体全体を回しながら、勢いを殺さず右足を着地させる。そのまま今度は左足を浮かせて、回転の流れのまま、残った右足を相手のこめかみ目掛けて蹴り抜く!

ナイフとは違って1人を蹴り抜けば後はそのままドミノ倒しになるから思いきるだけでいい。

「がっ……!?」

どうやら蹴った相手は声を上げることすらできず、ドミノの犠牲になった男がかすかに声をあげただけだった。

死なないように加減はしたつもりで実際に大事には至っていないはずだ。一方で思ったより勢いが強く、着地しようとして少しよろけてしまった。

「ふぅ……危ねぇ……」

1ケ月というブランクを重く実感するとともに、なんとか形として動けたことに胸をなでおろす。


「奥義、旋風脚…………なんてな」


ちょっとかっこつけすぎたか?でもまぁ今更か。

さて、問題はここからなわけだ。倒れてる男3人、夜中に制服を着ている女の子、コンビニバイトちょっと抜けてきた元秘密結社の一員。

客観的に見て一番ヤバいのは俺なんだよな。警察沙汰になっても困るし、そもそも異能については都市伝説級でも広めたくはない。

ここで『廻復力』を使ったことはフォビアは間違いなく把握してる。異能の索敵に特化した異能持ちがいるからだ。


ふーむ。…………そうだ。

倒れた男たちに向かって歩を進める。とりあえずこのままにしとくのも忍びない。ナイフや他に武器になりそうなものを一通り回収しておこう。

その上で男たちの外傷と、内部の傷を確かめる。幸いに大きく傷を負わせることはなかったようだ。

その傷に向けて手をかざす。『廻復力』はダメージを回復する異能、という風に俺は解釈している。自分だけではなく、他人。人間以外の動物、そして——————死者も。

 

3人の男たちの傷を順番に治していく。身体の疲労感がより一層溜まっていったのを感じる。

ただこれではいお終いとならないのが辛いところだ。

「おーい、起きれるか?」

男たちの1人に声をかける。全員同時に、となるともしかしたら団結してもう一回、があるかもしれないし、何より話が混雑されても困る。

「う、うう…………」

「よし、会話できるか?」

「あっ……!あ、ああ?な、何を話すんだよ」

ビビってるんだか、意地を張りたいんだか分からないが、ひとまず逃げ出したり仲間を起こそうとするほど頭は回ってないようだった。

「それはそうだな、お前らがあの子をなんで誘拐しようとしたかとかかな」

「…………金になるからだよ。誘拐の目的なんざ身代金目当て以外にあるか?」

思っているよりこの男たちはただのチンピラやヤンキーではないのかもしれないと感じた。

正直なところただの人間じゃないであろう相手を前にして、はっきりとした受け答えをしながら、自分たちの目的を上手くぼかそうとしている。

「丸っきり嘘じゃないんだろうけど、全部が本当でもないって感じだな」

「ああ!?」

「彼女、売り物にしようとしてたんだろ?」

男の顔が一瞬こわばった。が、すぐに口を開きだした。

「俺らの中でのターゲットの呼び名だよ。身代金を代金で、ターゲットを商品。サツを撒くためにこっちも色々してんだ」

「ふーん…………」


表情を見る限りはきっと裏がある。けどその真意を探るには手がかりもないし、それを探る理由もない。フォビアに連絡するにも連絡先がないし、今回はここで1つ食い止めたことでよしとしよう。

「ま、いいや。で、今回なんだけどさ。互いにここで起きたことについて口外しないでどうだよ?」

「あ?それでお前になんのメリットがあんだよ?」

「俺も普通の人生を送りたいって話だよ」

とりあえず半分は嘘であるが。正直普通の人生っていうのがそもそも何かわかってないのだから。

「それこそ、こういう超能力で有名になりたいわけでもないんでね」

こっちは本当だ。有名人になりたいわけじゃあない。

「犯罪行為を見逃すのはどうかと思うけど、背に腹は代えられないしそれで手を打ってもらえたらなって思うんだよ」

「断るっつったら?」

「あんまりこれ以上荒いことはしたくないんだけど、でいいか?」


ぐ、と呻いたような声が聞こえたような気がした。正直なところさっきの一撃が効いたのか、

そもそもこれ以上戦う気はないのだが。


「…………俺らはここから立ち去ればいいんだな?」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」

「…………わーったよ。こいつらが起きたら退散する。それでいいか?」

「独断でいいのか?」

「俺らに上も下もないし、これ以上痛い目に合うのは御免だしな。そら、さっさと行けよ」


しっしっと手を動かされた。怯えたり、怒ったり忙しい連中だが、印象強い攻撃もしたし、多少脅しになってくれればいいが。


さて、と。どんくらい時間が経ったかな……糸崎ちゃんに迷惑かけちまったし早く戻らないと。

女の子には早めに帰ってもらって……でなんとかなるかな?


そんなことを考えていると、件の女の子がいつの間にか目の前に立っていた。


「おっと、大丈夫だった?」

「…………」

落ち着いたようで立てるようになっているのは分かるのだが、口を開かない。

なにかショックなことがあっただろうか、と思っていたら、もぞもぞと手を動かしていた。

「?」

どうしたのだろうか?

「——————た」

「た?」

「あ、あなたに、惚れちゃいました!」



…………はい?

なにが、起きているんだ?






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