2-1 恐れるもの
夢の中にいる。
見ているという感覚がありながらも、目の前の光景が現実のものでないとはっきりわかるからだ。
大小の無数の光があらゆる方向に浮かんでいる。その光には眩しさを感じられない。その一方で温かさを発しているようだ。
時折光の輝きが弱くなってそのまま消えてしまったり、何もなかったところに新しい光が現れたりするそんな空間の中心に俺は居た。
夢であると分かっているからか、眼前の景色にはなんの感情も抱かないし、それは当然のもののはずだ。そのはずなのに光が消える時に酷く胸が締め付けられ、身体全体に吐き気が満ちる。嫌悪感や忌避感と言った感情が頭の中を占めてしまう。
この光が何を表しているのか、俺は分かっている。
これは生命だ。生まれれば現れるし、死ねば消える。人間も含めた様々な生物の輝きがそこにはあった。
本来誕生という神秘的な様相に惹かれるべき場面で、俺の意識は光が薄れて、今まさに消滅せんとしている光景に釘付けになっている。
負の感情が待ち受けていることを分かっていながら、自分には打てる手があるという自覚から手を伸ばそうとするが、夢の世界はそれを許さなかった。
輝きは明滅に変わり、見守られながら、その生を終えた。
本来心臓がある位置に何もなくなったかのような感覚に襲われる。心に穴が開いた、そんな感じ。
叶うのであれば、金輪際味わいたくない。
そんな夢が俺にはっきりと、ある事実を突きつけていることを理解した。
『お前はあらゆる死を恐れている』と。
自分や他人、それどころか生物の死全てをだ。
そんなこと、分かってる。分かってるんだ——————
「…………ん……また、か……」
カーテンから差し込む陽の光がまぶたから差し込んできたおかげで目が覚めた。実際に身体がそういう感覚に苛まれたわけではないが、夢の中での出来事を鮮明に覚えてるせいで、どうにも気分がよろしくない。
それでも、起きている間に何もしないというのは性に合わないもので、よろよろと起き上がりながら食事の支度をすることにした。現在の時刻が14時を過ぎたところ。
深夜のアルバイトである以上一般的なサイクルからは外れているが、フォビアの時に比べると時間に規則的に従っており、新鮮な気持ちだった。
正直なところ、料理はあまりしてこなかったので支度といってもごく簡単なものだ。
米を炊いて、豆腐とわかめの味噌汁。そこに作り置いているほうれんそうのお浸し。ある程度食べなくてもやっていけないことはないだろうが、クロノさんに健勝でと伝えられておいてそれに応えないのも筋が通らない気がする。
ただその上で、俺の食事には問題がある。
本来健康を考えるのであれば、肉や魚が必要になるのだろうが俺はそれらを口にすることができない。
理由は夢の中で見た通り。俺はあらゆる死を恐れている。他人の死どころか動物の死すら受け止めるのに苦労する。肉や魚は俺にとって死骸を想起させる。卵も同様で、鶏卵や魚卵なんかに関しても形が変わっても食べることに躊躇いがある。
心の病であるとフォビアのドクターには言われたものの、治療法が見つからなかったことでこの症状はそのままで今に至る。
フォビアでの食事はそういったケアをした上で、足りないものは特別性のサプリメントで補っていたので問題はなかったものの、服部には
「毎度毎度そんな飛車角落ち精進料理みたいで足りんのか?」
などと言われる始末だった。
そんな飛車角落ち精進料理から更に手が抜かれた料理を食べ終え、片付けまで済ませたところで、今日のこの後についてを考えることにした。
あの一件から今日でちょうど1週間が経つところだ。あの日から変わった出来事は起きておらず、とは言っても治安が良くなったという話も聞いていない。
今日はマルマーでのアルバイトは休みの日で、京阜市で起きた事件の情報を集めて、その後にトレーニングを前より増やして行っていこうかと考えていると、携帯電話の着信音が鳴り響く。
掛けてきた名前を見ると表示されているのは糸崎明子。
彼女も今日は休みだったとは思うが、一体何の用だろうか?
「もしもし?」
「あ、怜人さん!お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ様。いきなり電話ってどうかした?」
「いきなりすみません……ちょっとお願いがありまして」
「お願い?」
「怜人さんって今日お休みだと思うんですけど、お時間って空いてますか?」
マルマーで働いてしばらく経つが、彼女からこういう話があったのは初めてだ。
実際のところ時間を持て余してる節はあったので、話を聞くことにした。
「ああ、空いてるよ。それで、そのお願いって言うのは?」
「詳しくは会ってからお話させていただければと思うんですが、サークルの方でちょっと人手が必要になっちゃいまして……力仕事があるのでよかったら手伝っていただけないかなと……」
この後の予定もない。力仕事というなら、ただトレーニングするよりも手伝ったほうがいいか。
「うーん、そうだな。糸崎ちゃんには迷惑かけたりもしてるし、俺でよければ手伝うよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!ええと、そしたら16時に大学の門の前で待っててもらえますか?」
「了解、それじゃあまた後でね」
「いきなりで本当にすみません……!ありがとうございます!よろしくお願いします!!」
彼女は感謝をまくしたてるように言いきって電話はそこで切れてしまった。
普段世話になっている相手が人手が必要であるならば、恩を返すのも道理だろう。
予定を変更して、彼女の待つ大学。京阜大学へと向かう準備に取り掛かった。
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