世界を守る秘密結社から追放されたはずの俺にかかる緊急要請。もう遅いなんてナンセンス。オーケー俺に任せときな。

名来ロウガ

プロローグ

「タナト。君は我々<フォビア>の禁を破っている。そこに異論はあるか?」

「いや、ないね。自分のやったことは承知してる」

「……そうか。……私としても、その力は貴重だと思っているのだが……」


 そう言いながら彼女は髪をかき上げ、持っている書類に目を落とす。


「クロノさん、気は使わなくて平気だ。上からの強い命令なんだろ」

「……君は変なところで鋭いな。私が君のことを気に食わないからクビにしたとは考えなかったのか?」

「そういう上司は追放される部下の住居の手配なんてしないでしょ」

「さて、な。なんのことか分からないが」

 

 この人は大体いつもこんな感じだ。男が多いこの組織の中で一際成果を出し、上からの圧力もいつも上手くかいくぐっている、いわゆるやり手の上司だ。さらに部下にも気を遣えるのだけど、気遣いのできる人というイメージを持たれるのは気恥ずかしいという人でもある。


「そんなことよりもだ。最後の処理をさせてもらおう。分かってると思うだろうが、段取りで必要なものなので、我慢してくれ」


 そう言うとクロノさんが真っ直ぐこちらの眼を見据える。


「我々の理念は世界の平穏を秘密裏に支えるものである。故に禁じられている項目が多数ある。理解は?」

「勿論してるさ。してるけどやっちまったんだし、後悔はしてないよ」

「まったく…………」


 やれやれと頭を振る彼女を前にして、俺の心は落ち着いていた。


「……では、改めて通達する。禁忌項目の1つ『死者の蘇生』を犯した、タナトをフォビアから除籍。関係施設の利用も禁止とする。これからは表の世界で伊藤怜人として生活してもらう」

「分かってるって。コードネームじゃなくなって本名で生活するだけなんだし、ここでの訓練のおかげで色々できることもある。のんびりやってくさ」


 最後の指示として襟を正して言ってくれたであろう言葉に対して軽く返しすぎたか? とは言っても大体いつもこんな感じだったしな。そう思ってクロノさんを見ると、諦めたかのように目を閉じていた。


「そうか。……ならばこれ以上は蛇足だな。健勝に過ごせよ。伊藤怜人君」


 返事の代わりに頭を軽く下げて俺は部屋の外に出た。さて、これからどうするかな…………。

 方針を決めることと、外に出ていくこと。その両方を同時に始めだした。


 俺の名前は伊藤怜人、20歳。物心ついたころには既に<フォビア>……世界平和を秘密裏に守る組織に所属していた人間だ。普通の学校で受けるような教育に加えて、戦闘訓練、交渉術、処世術などなど。それらを受けながら15歳になったら実際に表の世界に出て活動を行っていく。というのが組織で育った人間の大体のキャリアという感じ。

 

 フォビアは基本的には上からの命令に疑わず、迷わず、逆らわず。ではあるものガチガチの軍隊のようなもの。やってることは、表の世界で起きる異変を各々が持ってる能力で解決にあたる組織ってところだ。


 タナトというのは俺のコードネームで、名付けてくれたのは先ほどのクロノさんだそうだ。名前の理由は教えてくれなかったが。フォビアに所属している人間はみんなコードネームがついている。組織内ではそれで呼び合うので、付き合いの長かった奴でも本名は俺も知らない。


(まぁ、上からの命令、指示には迅速に対応するのが鉄則だしな)


 ただ、さっきの上司のクロノさんとのやり取りは日常茶飯事で、俺の軽口に多少の物言いはあったけどそれで怒られるようなことはなかったし上手いことやれていたと思う。

 ああいや、本当に怒らせたこともあったか。あん時はみんなにガチで相談して危機を乗り越えたんだったか。2度は御免だなぁ…………。

 別の時にはウマい飯を御馳走にもなったな。奢ってもらったあの肉より美味い肉は食べたことがない。多分、純粋な味じゃ一生上回るものはないんじゃないだろうか。

 

 物思いにふけながら移り変わる景色を眺めると、何度も通った通路や、扉がどこか色褪せて見える。


 あーそうか。なんだかんだ寂しいのか、俺は。名目上は本部、まぁ厳密には寮みたいなもんだけど、ずっといた家から追い出されるんだ。そういう気持ちになっても不思議じゃない。自分の信念は曲がらないし、後悔がないことによってある程度落ち着いていたものの、現実として突きつけられると中々クるものがあった。

 

 リストラと勘当をいっぺんに受けるって相当にヤバイと改めて思い知らされた俺は、自室で必要最低限の荷物を纏めて外へ出ることにした。本来なら挨拶の1つや2つしなければならないんだろうけど、最期の指令が下ってる以上は長居もできない。友人と呼べるであろうやつらにはどこかであったらどやされるに違いないだろうが、口には出さずに一言悪いな、と告げて、建物の入り口へと向かった。


 纏めた荷物は持ち出しが許された生活用品が入ったカバンと、クロノさんからもらった新しい住居への地図。たったこれだけ。あとは、今まで学んだことと、ここで積んだ訓練の成果。

 それと俺の持ってる<異能>。

 無闇に使いまわせるものじゃないけど、こいつにはいつも助けられた。追放された原因もこいつなんだけどさ。フォビアから離れちまうんだし日常生活を送るのにあたっては基本的に使わないようにしなきゃな。

 異能は一般には認知されていないし、認知されるべきでもない。というのがフォビアの掲げる理念だったし、俺もこれに賛成だった。異能を持ってしまったがために、普通とはかけ離れた生活になっている。俺は満足していたけど、望まない境遇になってしまうやつもいた。そんなやつはきっと少ないほうがいいという理由からだ。


 …………さて、いろいろと考えこんじまった。まずは、用意してもらったとこに行ってからだな。フォビアのタナトとしての生活が終わって、伊藤怜人としての生活が新しく始まる。わくわくするような生活でもないのは目に見えている。だけど。


「今からでも遅くはない、よな」


 ぽつりとつぶやいて、一呼吸入れた俺は、守ってきた日常の中へと足を進めていった。

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