2-5 噂話
構内を駆け抜けて、約束の時間である15時30分丁度に最初に居た門の前へとたどり着いた。
走りながら横を通り過ぎて行った学生たちの表情が驚きに満ち溢れていた気がするが、気にしないようにしよう。
やや乱れた服を整えていると、見慣れた顔が構内から小走りで現れた。
「ごめんなさい怜人さん!遅くなっちゃいました!」
「平気平気。俺も大学の中見て回ってたし気にしないでよ。面白い話も聞けたしね」
「話……ってお知り合いの方がいらっしゃったんですか?」
「いや、知り合いじゃなくて向こうから声をかけられてさ。薬司教授って人なんだけど糸崎ちゃんは知ってる人?」
「うーん…………聞いたことないですね。受けている授業の中にはいらっしゃらないのでもしかしたら選ばなかった授業の担当の人かな……」
「そっか。知ってたらどんな授業なのか聞いてみたかっただけだし気にしなくて平気だよ」
人類学という学問は俺の立場からは興味深いテーマであるし、世間的にも面白いと思う人が居てもおかしくはなさそうだが、大学生にとっては魅力がないのかもしれない。
「あ、もしかしたら先輩たちなら知ってるかもしれないです!」
「先輩って今日言ってたサークルの?」
「はい!えーと、私が入ってるサークルって演劇サークルなんですけど全員で20人くらいいるんです。多分誰か1人くらいはその薬司教授って先生の授業を受けてる人がいるかなって」
「まぁ興味はあるけど、聞けたらくらいかな。それに今日はそっちが本題じゃないんだろ?力仕事って言ってたし」
「そうですね。お休みの日に来ていただいて本当に申し訳ないんですけど……」
「電話でも言ったけど世話になってるし気にしないでくれ。それで、俺は何をすればいい?」
「実は近々劇の公演をするので、そのためにセットを運ぶ準備をしなきゃいけないんですけど……今日集まる予定のサークルのメンバーの中で連絡がつかない人が何人か居るんです」
「連絡がつかないって……よくあることなのか?」
「普段はそんなことないんですけど……ただ今日から準備をしなきゃいけないので代わりに手伝ってくれる人を各々探してるんです」
「それで俺に白羽の矢が立ったってわけなんだな」
最近の京阜市の治安の悪さを鑑みると、何かしら起こっていても不思議ではない。実際に誘拐騒ぎに遭遇したわけだし。
もしかしたら異能力者絡みとも限らないが、仮にそうだったとしても服部に釘を刺されてるし、アイツらに任せるのが道理だ。
「それじゃあ行きますけど、気を付けてくださいね。敷地が結構広いので変に近道とかしようとすると迷子になっちゃうかもしれないので……」
「万が一そうなったら糸崎ちゃんに連絡したらなんとかなりそうな気がするけど、そうじゃないのか?」
「私も行ったことの無い棟とかいっぱいあるんです。それでも移動しなきゃいけなかったりで結構疲れちゃうんですけど」
「へえ大学生ってのも結構大変なんだな」
大学生特有の苦労話を聞きつつ、構内を2人で歩いていく。
セットが置いてあるであろう倉庫のような建物の方へ向かうと、入り口の前に人影があった。
糸崎ちゃんがその姿を見るやいなや、手を振ってその方へと声をかけた。
「おーい
糸崎ちゃんより一回りほど背の低い、鳴海と呼ばれた人影は声を聴いて携帯電話へと落としていた視線をこちらに向け歩み寄ってきた。
「遅いよー明子ー。講義終わってから何してたのさ」
「ごめん!手伝ってくれる人が見つかったから案内してたんだ」
「あれ、マジ?結構急に人探す流れじゃなかった?アンタが頼んで、わざわざ来るてくれる知り合い作ってる時間あったっけ?」
「ひどくない!?いや、まぁお友達は多くないけど……」
察するにサークルの同級生という感じだろうか。軽口を言い合っている様子から仲のいい友達のようだ。
「あ!もしかして彼氏?」
そしてどうやら察しは良くない方向に働くようだ。
「違うよ!?バイト先の同僚の人!」
「ふーん?ま、そういうことにしておきましょか」
もー、と憤慨するようなしぐさを見せる糸崎ちゃんを横目に、少女はこちらを見て笑顔を見せる。
「イケメンなお兄さんこんにちは!明子が急にごめんなさい。私、
「気にしないでくれ俺は……」
「あ、怜人さん、かな?いつも明子から聞いてるんですけど」
「鳴海ちゃん!?」
「聞いてるなら早いな。どういう噂をされてるか分からないがその伊藤怜人だ。よろしく」
「変なことは言ってないですから!さぁ!お話は終わってからゆっくりしましょう!運んじゃいますよ!」
機嫌を損ねたのか、足音を踏み鳴らして倉庫の中へと入って行ってしまった。
「あはは……ちょっとからかいすぎちゃったかな?」
「あれくらいなら平気なんじゃないか?ただああいう糸崎ちゃん見るのは初めてだな」
「結構焦ったりテンパったりするとすごい表情に出るんですよねーああいうところは可愛いんですけどね」
腕を組み、うんうんと頷きながらまるで専門家のように彼女は語る。
「あ、それと私は鳴海ちゃんでお願いします!」
「糸崎ちゃんとは違った方向で元気だな……。オーケー、よろしくな鳴海ちゃん」
元気に加えて押しの強さがトレードマークになりそうな知り合いが新しく増えた。
フォビアや日常になってもいなかったタイプなので新鮮な気分ではある。
「2人とも!遅くなっちゃうから早く来てくださいよ!!」
糸崎ちゃんの喧噪に俺も、鳴海ちゃんもやれやれと肩をすくめながら倉庫の中へと向かっていった。
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