第9話 ガレオンとジン
城のようなマイエリアの一室。
ガレオンは黒い革張りのソファーで一人黙々と酒を飲んでいた。
ヴァーチャルの酒はいつもなら依存性のない心地よい酩酊感を運んでくれるが、今はちっとも酔えなかった。
正面の巨大スクリーンには一昨日の試合が延々と流れている。
(くそっ、どうすれば確実に勝てた?)
眉間に皺を寄せて、いくつものシミュレートをするも、確実な勝ち筋が見えない。
それだけアルイの動きはセオリーに反していた。想定外の動きをしたかと思えば、安易なミスを犯したり。
アルイの一挙一動に勿体ないともふざけるなとも思って、ガレオンはアルイに随分と振り回されている自分に苛立った。
その時、背後から誰かが転送してきた音がした。
「よう、元日本チャンプ。元世界チャンプが慰めに来てやったぜ!」
振り向かなくても、その陽気な声の主はすぐにわかった。一昨日の試合の解説を務めたジンだ。彼は己の師匠でもある。
「……なんすか師匠。からかいに来たのなら噛みつきますよ」
ぎろりと睨みつけるも、ジンはニッと笑い返してきた。鼻歌交じりに遠慮なく隣に腰掛けてくる。
「おっとマジで荒れてるな。そんなにアルイに負けたのが悔しかったか?」
からかうような口調に思わずみしりとグラスが軋んだ。肩を竦めるジン。
ガレオンはグラスをローテーブルに叩きつけた。
「くそっ、何なんすかアイツ」
「何なんだろうなー。初心者かと思えばエリアG7の主だったりわけわかんないよな。まぁあのポテンシャルは称賛に値するけどよ」
むすっと押し黙る。師匠と同じ意見なのが逆に腹立たしい。
「そんで? お前はいつまでも拗ねたまんまか?」
ん? と、促しながらこちらをのぞき込む顔は優しい。
お前はこんなことでは折れないよな? という信頼が透けて見えて、ガレオンは勝気に笑った。
「はっ、まさか。俺は日本チャンピオンのタイトルは明け渡したけど、世界のプレイヤーランキングではナンバー2。あいつには負けませんよ」
「ナンバー1は俺だけどなー」
「……ちっ」
「師匠に向かって舌打ちとな!」
大仰に驚いて見せるジンを、はいはいといなしながらも、ガレオンは内心ため息を吐いた。
ナンバー1とナンバー2、同じランキングにいるのにもう二度と直接戦うことはできないと知っているからだ。
ガレオンは胸を塞ぐような痛みを振り切り、話題を変えた。
「それで? ほんとにからかいに来たわけじゃないんでしょう」
「おう、VRAB日本支部から伝言だ。アルイの面倒見てやれってさ。バトルから普段の素行までぜーんぶ」
ガレオンは見るからに不機嫌になった。
「なんで俺が。師匠がやればいいでしょう? お気に入りみたいだし」
「おっ? おっ? 嫉妬? 嫉妬しちゃいましたか?」
「うぜぇ」
一途両断にしたのに、ジンは嬉しそうに笑った。
「ははっ、残念ながら俺は無理だ。近々足の手術がある。しばらくこっちに来れないかもしれない」
ガレオンは目を見開いた。食いついて尋ねる。
「手術って……もしかして、またバトルできるようになるんですか!?」
ジンはなんでもなさそうに笑う。
「いや、俺の足は太ももからばっさりなくなったからなぁ。センサーグリーヴも装着できないし、バトルなんか到底……」
ガレオンは強く唇を噛みしめた。
ジンは太ももから先を事故で失った。
そのせいでバトルができなくなり、世界チャンピオンを降りざるを得なくなった。まだ更新されていないので今の世界ランキングのナンバー1はジンだが、戦えない以上その名はいずれランキングから消えることだろう。
師匠に直接勝つことが、育ててもらった恩返しになると思っていたガレオンの胸には、間に合わなかったという悔しさがいつまでもこびりついていた。
「そんな顔すんなって、お前は充分急いでくれた。俺が勝手に終わっただけだよ」
「そんな言い方しないでくださいよ……」
むずがるように咎めるガレオンの背中をぽんぽんと軽く叩くと、ジンはニッと笑った。
「悪い悪い。ま、そう言うわけだからアルイの面倒はお前に任せたいんだけど、いいか?」
ガレオンはため息を吐いた。ここまで言われて引き受けないんじゃ目覚めが悪い。
「わかりましたよ。でもそんなに危なっかしいんですか、あいつ」
なぜかジンは言いよどんだ。
「あー。危なっかしいどころか、もう炎上してるからな」
「炎上?」
「おや、もしかしてご存じでない?」
ガレオンは嫌そうに頷いた。
「王者の陥落だのなんだのってうるさい記事が多くなったので、しばらくネット見るの止めてたんですよ」
ますますジンは言いよどんだ。
「あー、言おうかな。どうしようかな」
「言ってください」
「怒るなよ。アルイがな、自分のVRABでの正体と日本チャンピオンの看板を賭けて、参加費十万円のマネーマッチを始めてよ。盛大に炎上してる」
しばらく時が止まった。衝撃的過ぎて、理解するのに時間がかかったからだ。
じわじわと怒りが湧いてくる。
「は?」
ジンはその反応に腕を組んでうんうんと頷いた。
「まぁ十万円てのは安いよなー。初心者だから日本チャンプの価値を知らないのかもしれないけど。俺としては一億円くらい……っていねぇや」
転送音が聞こえたかと思えば、ガレオンの姿はもうそこにない。ジンはあちゃーと額に手をやった。
恐らくアルイのエリア、G-7に直談判に行ったのだろう。
(まぁ、いずれぶつかるだろうし、いっかー)
ジンはスクリーンに未だ流れている一昨日の試合の映像に笑いかけると、ガレオンが残していった酒に手を付けた。
「さぁて、アルイはガレオンに任せてっと。俺は可愛い甥っ子のために一肌脱ぎますか」
ジンの顔には悪魔の笑みが浮かんでいた。
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