第13話 反撃の狼煙

『井浦選手を謹慎処分とし、ゲームのIDを削除するように通告しました。井浦選手はこの処分を受け入れました』


 このスケ協の事後報告は激しく反発された。


 まずVRAB日本支部が噛み付いた。


 マネーマッチは規約で認められており、マネーマッチを理由にID削除は罰が過ぎる事。加えて、日本チャンピオンのアルイ選手は世界に通用する素晴らしい人材であり、世界選手権前の強制引退は日本の他のVRABプレイヤーの意気をもくじく行いだと言葉も強く糾弾した。


 ガレオンもテレビに積極的に出演して、処分の撤回を求めている。僕のことを大切な弟子とまで言ってくれた。

 しまいには、テレビで自分の師匠であるジンさんと激論を戦わせてまで庇ってくれた。僕はもうそれだけで十分だった。


 世論も擁護に傾きかけていたが、それでもスケ協は処分をひっくり返さない。

 というより、もうどうしていいのかわからないのだろう。スケ協から処分を取り消すかと意向確認が来たが、僕はスケ協の決定に従うと殊勝な態度を崩さなかった。すでにIDは消したのだ。今更どうしろと言うのだろう。


 そのまま事態は膠着が続き、ニュースはもう別の不祥事に移り変わっていった。


 そして季節は四月。残り一ヶ月に迫る世界選手権を前に、VRAB日本支部は一つの決断を下した。僕の復帰を諦め、代わりに日本選抜大会四位の選手を世界選手権に出場させることにしたのだ。

 そのニュースを僕は現実のスケートリンクで知ることになる。


――――


「ははっ、これで本当に終わりか」


 VRAB日本代表選手確定のニュースに、僕の目から涙が一筋零れ落ち、スマホの画面に吸い込まれていった。


 これで来シーズンは完全になくなった。ともすると、引退だ。


 僕はリンクサイドに上がり、スケート靴を脱ぎ捨てた。じわじわと湧き上がる怒りと絶望のままに、それを床に叩きつけようとして……できなかった。

 僕は泣き崩れながら、スケート靴を抱きしめる。鋭いエッジが首筋に近づくが、もうどうでもよかった。


 どうせ死ぬならリンクがいい。


(ガレオン、白瀬君、ごめんね……)


 首筋に刃の冷たさを感じかけた時――、


「アル! よせ!」


 と大声がリンクに響き渡った。思わず目を見開く。

 スケート靴がころりと転がった。


(僕をアルって呼ぶのって、まさか……)


 ゆっくりとリンクの出入り口に振り向くと、一人の男性がいた。モッズコートを着て息を切らせている。

 テレビで見た顔だった。僕を庇ってくれた、僕の師匠。


「……ガレオン?」


 恐る恐る口に出すと、男性は頷いた。


「どうしてここが?」


 呆然とガレオンを見上げると、彼はぐるりとリンクを見渡した。


「お前のエリアのリンク、ここのスケートリンクを模したものだろ? リアルにもあるかもと思って、Googleの画像検索で片っ端から調べた」


 思った通りで良かったよ。と、ガレオンは安堵のため息を吐いた。


「な、何しに来たの? 世界選手権の特訓で忙しいはずじゃ……」


 彼は僕の言葉をさえぎってこう言った。


「お前、世界選手権に出る気はないか?」

「え?」


 僕はきょとんと目を瞬かせた。


「な、なに言ってるの? もう日本代表選手は僕以外で確定したってニュースが……」


 ガレオンは頷いた。


「ああ、シングルはな。ペアならまだ枠がある」

「どういうこと?」

「VRABにはペアっていって、二人一組、敵も含めて四人でバトルする競技があるんだ。試合中に入れ替わりながら戦うんだが」


 それに俺と組んで出る気はないか? とガレオンは言った。


「なぜか今年はペアの賞金が増額されていて、一億円近くある。それだけあれば、お前もスケートを続けられるはずだ」


 その提案に心が動く。でも何故か口は反対のことを言った。


「ぼ、僕はID消してしまったし、なによりスケ協が許してくれるか……」

「IDは新規習得すればいいし、スケ協には処分を撤回してもらおう。お前にも処分撤回の話は来てたんだろ? なんで断ったんだ?」

「ぶ、ブラフかと思ったんだ。承諾したら反省が見られないって思われて、それを理由にまた処分されるのかなって」


 彼はため息を吐いた。


「すっかり疑心暗鬼になってるな。一回師匠をボコボコにしないと気が済まねぇ」


 まだへたり込んだままの僕を見て、すっと、ガレオンは真顔になった。


「お前、さっき死ぬ気だったな」


 僕はびくっと身体をこわばらせた。責められるかと思ったが、彼は優しく言葉を繋いだ。


「なぁ、死ぬぐらいだったら復讐しないか? ペアに出場するロシア代表は、あの思わせぶりなことを言って消えたロシア人だ。師匠と繋がってるに違いない」


 そいつを一緒にボコボコにして賞金ゲットだ。それでみんな片が付く。


 と、ガレオンはニッと笑って言う。手が差し伸べられた。


(そうだ、さっき僕は死んだんだ。もう何もこわくない)


 もう自分に嘘を吐きたくない。僕は彼の手を取った。


「やる。あのロシア人――セルゲイは僕の知ってる人かもしれない。どうしてこんなことをしたのか知りたい。そして、どんな理由であれ……ぶっ倒してやりたい」


 僕の目はきっとギラギラと不吉に輝いていることだろう。

 かつてないくらい僕は憎しみでいっぱいだった。僕らは理不尽に踏みにじられるだけの蟻じゃないと、奴らに教えてやらないといけない。


 握りしめる手の強さでガレオンは僕の本気を悟った。


「そうだ、二人で奴らを倒しに行こう」

 面白そうに彼は笑う。僕も強く頷いて立ち上がった。


 反撃が始まる。

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