第12話 ばいばい、ガレオン

 やはりリアルでもネットでも大炎上した。


 ネット記事のコメント欄では擁護派と非難派が真っ向からぶつかり合って手が付けられない。

 僕たちの火消しはネット上では強かったけど、テレビでは恣意的に捻じ曲げられた。ただの一般人ならまだしも、現役のスポーツ選手の不祥事は恰好の燃料だったらしい。


 同じくワイドショーでも、僕のVRABの試合とスケートの試合を並べた検証映像や、白瀬君の解説がひっきりなしに流れていた。

 コメンテーターが「自覚が足りない。マネーマッチっていわゆる賭け事でしょう? 野球賭博みたいなものじゃないの」とまるで見当違いのことを言っていたが、それに頷く人も多くて唖然とした。


 ゲームの中でのいざこざをリアルに持ち込むのはどうかという意見はネットに根強く残っていたが、情報源がテレビだけの世代にそのマナーは通用しない。


 ついには日本フィギュアスケート協会まで飛び火した。

 告発記事から三日後、スケ協の公式文書が発表された。


『井浦俊樹選手のVRゲームにおけるマネーマッチ疑惑ついて』

『調査委員会を発足させ、詳細を調査中です。経過についてのご報告は追って致します』


 要約するとそれだけである。事の対応に戸惑っていることがありありと感じられた。

 僕はスケ協から内々に通達された、とりあえずの処分内容に目を剥いた。


 その夜、僕は振り切るように、VRABにログインする。

 ――ガレオンに別れを告げるために。


――――


 リンクで僕を待っていたガレオンは、僕の凍りついた顔を見て、最悪の事態が起きたことを悟ったようだった。


 僕はスケ協の沙汰をそのまま伝えた。彼の顔がみるみる青ざめていく。

 それがリンクの寒さのせいだったらどんなに良かっただろうと、僕は場違いなことを考えた。


「はっ? それはどういう意味だ」


 僕は感情を押し殺した声でもう一度繰り返した。


「そのまんまだよ。王座を賭けた賭け事は品位がないって、謹慎処分。そして、VRABのIDを消しなさいって通告が来た」


 震える声を誤魔化すように視線を落とすと、ガレオンは僕の両肩を強く握り揺さぶってきた。


「おい、まさか従うつもりか!? 世界選手権はどうなる!」

「出たいよ。でも、スケ協に逆らうのは……」


 蚊の鳴くような声で抗う。僕だって板挟みだった。こんなところで終わりたくないのに。

 ガレオンは絶望しきった顔で、ぎりりと奥歯を食いしばる。


 しばしの静寂がリンクに染み渡った。この冷気を味わえる時間ももうすぐ終わる。そう思うと胸の奥がじわりと痛んだ。


 彼は僕の肩からそっと手を外した。


「くそっ、なんだってお前がこんな目に合わなきゃいけないんだ」


 そのやりきれないような力ない声に、なぜか怒りが噴き出す。


「僕が、僕が一番そう思ってるよ!」


 やめろ、ただの八つ当たりだ。そう思っても止まらなかった。


 世界選手権に出られないってことは、賞金が手に入らないということだ。

 それどころかこんな不祥事を起こして、スポンサーの成り手なんているわけがない。来シーズンどころか将来の望みが断たれる。未来なんてもう、なかった。

 制御もつかないような哀しみが噴き出して、僕は喚き散らした。


「確かに軽率だったさ! でも選手生命が危機に晒されるほどのことだったか!? 二十年近くスケートに人生を捧げてきて、こんな、こんな幕切れなんて……」


 あんまりだよ。ぱたぱたと、涙が滴り落ちる。


「アル……」


 ガレオンは辛そうに僕を見つめている。


「ごめん、ガレオン……」


 僕は次々と溢れ出る涙を拭って、懸命に笑おうとした。


「きょ、今日はお別れを言いに来たんだ。ログアウトしたら、僕(アルイ)を消すよ。短い間だったけど、いっぱい助けてくれてありがとう。世界選手権、頑張ってね」


 震える手でマイメニューを開く。彼は泡を食って止めようとしてくれた。


「待て、俺は諦めないぞ! まだお前に世界を見せてないし、リベンジも果たせてないのに!」


 僕はガレオンに笑いかけると、ログアウトのボタンを押した。


「ばいばい、ガレオン」


 シュンと、音がして意識がブラックアウトする。瞼に光を感じて目を開けるとそこはもう自室のベッドの上だ。

 誰もいない部屋はリンクより寒々しくて、僕はやっと声を上げて泣くことができた。

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