プレイヤースキル《フィギュアスケーター》が弾幕ゲーで無敵過ぎる
北斗
第1話 全日本選手権敗退とライバル
呆れと憐憫を含んだ彼の視線が、何よりも怖かった。
――――
氷上の三回転アクセルジャンプはパンクし、コンビネーションは抜けて、ステップはガタガタで……。
何もかもしくじった全日本フィギュアスケート選手権。
なんとか最後のポーズを決めるも、満員の観客のため息が虚しくリンクに響き渡る。
労うようなまばらな拍手が耳に痛い。
僕はおぼつかない足取りでリンクを降り、採点結果を待つ場所であるキスアンドクライに向かう。
死刑を待つ受刑者の気持ちだった。
よろよろとベンチに腰を下ろすと、隣に座るコーチが肩に手を回してくる。
大丈夫。よく頑張ったね。と小さく声をかけられる。
僕は力なく笑みを返した。
知っている。結果の出る前から慰められるようじゃ、全く見込みはないってことは。
パッと目の前の電光掲示板に点数が表示される。
僕は顔を歪めた。――井浦 俊樹(いうらとしき)暫定十三位。
マイナー競技である故に、けして層が厚くない男子フィギュアスケート選手の中でこの順位は後ろの方だ。
しかも、この後にもまだ演技をする選手がいる。僕の順位はどんどん下がるだろう。奥歯がぎりりと鳴った。
僕の表情を撮っているTVカメラマンが、居たたまれなさそうに眉を下げる。
これがかつて『日本のナンバー2』と呼ばれた選手なのかと、きっと彼もそう思っている。
僕はなけなしの矜持をかき集めてカメラに向かって頭を下げた。こんな僕の演技でも最後まで見てくれてありがとう、と。
握りしめた手は冷え切っていた。
――――
うなだれたまま控室に向かう途中、廊下でばったりと一位の選手に出会った。白瀬君。黒髪に冷涼な眼差し。そして白く美しい肌。外国人の血が混じってるらしい。
僕の後輩だ。昔はしょっちゅう僕の後を付いてきた彼も、今では世界と戦うトップ選手の一人だ。僕は彼の後塵を拝すばかりになっている。
上目遣いで見上げる僕に、彼は軽くため息を吐いた。呆れと憐憫を含んだ視線が、僕を貫く。びくりと肩が跳ねた。
彼は目を細めて口を開いた。
「お疲れさまでした、先輩」
「き、君もお疲れさま」
白瀬君は軽く首を振ると、無表情でこう言った。
「次のシーズンは頑張ってくださいね」
ガンと、衝撃を受ける。
今はまだ十二月下旬のシーズンも半ばで、後半には四大陸選手権も世界選手権も控えている。なのに、次のシーズンの話をされるってことは……。
ショックで固まる僕をちらりと見て、彼は悠々と歩き去っていく。
うなだれる僕の足元にぽたりと水滴が滴った。涙だ。
慌てて、側にあったトイレに駆け込んだ。
個室に入り、トイレットペーパーで次々と流れてくる涙を拭う。
(言われちゃったなぁ……)
この全日本選手権は四大陸と世界選手権の出場選手の選考も兼ねている。確かに今回の僕の成績ではどちらの大会にも出られないだろう。僕の今シーズンはここで終了というわけだ。
わかってはいた。だけど、かつてしのぎを削ったライバルに言われたくなかった。それも上から目線で労うような、呆れるような口調で……。
昔はそんなことを言わせないだけの実力を持っていたはずなのに、どうして僕はここまで落ちぶれたのか。
原因はわかっている。
(疲れたんだ。白瀬君に何度も食らいついても勝てないことに)
こういうとメンタルが弱すぎって言われるんだろう。
何度も挑み、叩き潰されてまた挑んで、更に引き離されて……。ジュニア時代の終わりから、あの子は僕の上に君臨し続けた。教えてくれよ、後何回挑めば、僕は彼に勝てるんだ?
僕は今年で二十三歳になる。大学卒業と同時に引退する選手が多いフィギュアスケートの世界では、もうタイムリミットだ。SNSでは僕の引退について根も葉もない噂がぽつぽつと出始めている。
(このまま引退するか? あの子に勝てないまま?)
自分に何度も問いかけた質問に、ズキンと胸の内に痛みが走る。呆れと憐憫がないまぜになった彼の視線が脳裏をよぎる。
僕はぶんぶんと頭を振った。
(嫌だ。あの子に見放されたまま終わりたくない。せめて、せめて爪痕を残したい!)
たとえそれが引退する最後のシーズンになったとしても!
僕は両手でぱちっと頬を叩いた。
コーチに来シーズンのことを相談しなきゃ。スポンサーにも支援を続けてくださいってお願いして。それから、曲探しも振付師に次のプログラムの依頼も!
やることは山積みで、それこそトイレで泣いている場合ではない。
僕はジャージの裾でグイッと涙を拭うと、トイレの個室から飛び出した。
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