第5話 対戦相手は、……チャンピオン!?

 太陽の眩しさに目を眇める。

 草原の緑が、青空に映えてとてもすがすがしいフィールドだった。

 ここが試合会場らしい。草の青々しい匂いが鼻をくすぐった。

 

 右手側の奥には巨大なスクリーンを備えたスタンド席があり、何万人ものざわめきが響いている。空には無数の撮影用ドローンが飛び交っており、巨大スクリーンに映像を送っていた。


 そして正面では……とても見覚えのある人物が僕をじっと見ていた。彼が僕の対戦相手らしい。

 黒い短髪の、精悍な面立ちの青年だ。

 着ているのは蒼いスポーツウェアにショートパンツ、黒のレギンス。足に纏う黒いフライトギアには稲妻のような紋様。

 

 僕は呆然と目を見開いた。参考にした動画で山ほど見た凛とした姿。

 

 VRAB現日本チャンピオン。――ガレオンだ。


 ひゅっと息が止まった。

(『ガレオン』!? よりによって、僕の初戦の相手が日本チャンピオンなの!?)


 途端にパニックになる僕を見て、ガレオンは訝し気に目を眇めた。


「もしかして初心者か、お前。それともその恰好は縛りプレイなのか?」


 僕は狼狽した。ちなみに縛りプレイとは、プレイヤーが自らに制限を課してゲームの難易度を上げることだ。当たり前だけど僕は全くそのつもりはない!


「な、なんで僕が初心者だってわかったの!?」


 彼は呆れたように口角を上げて笑った。


「当たりか。そのノーマルウェア、初心者用のだろ? 防御力の欠片もないやつ」


 はっとして、自分の恰好を見下ろす。着ているのは白いパーカーと黒いズボン。そしてスケート靴。ザ・地味!


 言われてみれば、動画で見たそれぞれの選手はみんなスタイリッシュなスポーツウェアだったり、ファンタジーじみた鎧姿だったりと様々だった。きっと防御力も高いんだろう。僕の恰好はいかにも場違いだった。


 僕は顔を羞恥に熱くして、叫んだ。


「しょ、しょうがないだろ。課金は全部エリア(リンク)とフライトギア(スケート靴)につぎ込んだんだから!」


 ガレオンは笑った。


「そんなんみんなそうだよ。それにしてもマジで初心者か。どうして本選トーナメントに来れたんだか。一応聞いてやるけど、お前のエリアってどこだ?」


 僕はひるんだ。僕のエリアってどこだろう。

 すぐには答えられずに口ごもる。慌ててマイメニューを開いた。

 彼は「自分のエリアの場所も知らないのかよ」と、ちょっと呆れ顔だった。

 ステータスの中にあった僕のエリアの場所を恐る恐る読み上げる。


「僕のエリア、G-7区画にあります……」


 尋ねられたから答えたけど、どうせあの狭いエリアのことなんか知らないだろうと声が小さくなる。何故か無性に恥ずかしい。

 けれどもガレオンは目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。


「なっ、G-7区画って、あのエリアG7か!? クリアした者が一人もいないという絶対不可侵洞穴の!?」


 食いつく声に僕はひるんだ。


「う、うん。ステータスだとそうなってるけど……」


 彼は獰猛に笑う。


「はっ、そうかよ。とうとうG7のエリア主が現れたわけだ。何が初心者だよ。弱いふりして俺を油断させようとしても無駄だ。――粉々にしてやる」


 そう言い捨てると、ガレオンは僕に背を向けて歩いていく。ある程度の距離を取ると彼は構えた。もう言葉は交わす気はないようだが、彼から放たれる殺気でビリビリと肌が泡立った。


(きゅ、急に敵意が満々に――!)


 唖然とする僕を置き去りに、ポォンと空にアナウンスが響く。


『本選は選手同士の一騎打ちです。試合開始まで、あと五分――』


 はっと、我に返ると慌てて実況ラジオを付けた。自分にしか聞こえないそれは、バトルで今何が起きているのかを知るのに一番だと思ったので。

 ザザザッとノイズの後、深みのある男性の声が聞こえてきた。


『今、ガレオン選手とアルイ選手の会話が流れてきましたが……。解説のジンさん、エリアG7とは一体なんでしょうか』


 それに答える声は快活で、楽し気だった。


『あー、エリアG7は今や現存する伝説と化しているトラップエリアのことですね。難しすぎると初心者は敬遠しがちだが、その実、上級者ほど手こずるトラップで今までクリアできた者はゼロ。あまりの過酷さから《運営の修正待ちのバグエリア》とまで呼ばれてまして』


 観客たちがどよめいている。ごくりと、実況の喉が鳴った。


『しかし、今回エリアG7のエリア主が現れた……』


 我が意を得たりとばかりに、解説がはしゃいだ声を上げる。


『そう! バグじゃなかったんだよなぁ。あの難攻不落なトラップの山の奥で一人黙々とバトルの技術を磨いていた奴がいた。彼こそ全プレイヤー中唯一のエリア防衛率百%を誇る、この大会一のダークホースです!』


 ジンさんの口上に、わぁああああと観客たちも歓声を上げる。

 一方の僕ときたら、内心声にならない悲鳴を上げていた。


(なんか知らないところで有名になってるーーーー!)


 ごめんなさい、あそこには自分がクリアできるレベルのトラップしか置いてないんです! そしてバトルの技術も磨いてないんですーー!

 べそべそと言い訳を頭の中に並べるも、誰にも聞こえるわけがない。


 そしてそんな時でも無常に試合開始のカウントダウンは進んでいくのだった。

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