第6話 地上戦

『五秒前。四、三、二、……試合開始!』


 試合開始の合図と同時にガレオンのフライトギアが唸りを上げた。まっすぐに突っ込んでくる。ザザザと草が薙ぎ倒されて、烈風が巻きあがる。


 鬼気迫るガレオンの勢いに僕は頭を庇ってしゃがみこんだ。

 あわやぶつかるか!? と思ったが、彼は僕の横を走り抜け、力強く踏み込みそのまま空に飛びあがった。


 僕は慌てて空を見上げようとした。しかし、首の後ろにぞわりと殺気を感じて転び出るように前方に滑り出す。結論から言ってそれは正解だった。 

 すぐに空から間断なく弾幕が降り注いだからだ! 走る先から閃光と共に草原に大穴が開く。爆風に背中を押されてたたらを踏んだ。


 ラジオの実況が感嘆の声を上げた。


『おおっと、ガレオン選手、初手から猛攻を仕掛ける!』


『油断ならない相手だと思ったんですかねー。それにしてもアルイ選手は地上で逃げの一手。バトルのセオリーにも反してるし、何か狙いでもあるのかな』


『セオリーですか?』


 ジンさんはええ、と説明し始めた。


『弾幕バトルは地上を走って飛行力をチャージします。これを地上戦って言うんですが、弾幕を避けるには不利なんですよ。なにせ空中とは違って下に逃げられない。地面には潜れませんからね。なるべく地上戦は必要最低限にしたい』


『なるほど、だからガレオン選手は最小限の飛行力をチャージして空に飛んだわけですね』


 ジンさんは頷くと、意地悪そうな声でこう言った。


『ええ。まぁ、鳩を捕まえるときと一緒ですよ。地上にいる鳩の群れに突撃すると一斉に空に逃げるんですが、一羽ぐらい状況がわからなくて間抜けにもぽかんと突っ立ってる奴がいます。そいつが真っ先にやられますね』


『な、なるほど』


(ちょっと待て、間抜けな鳩って僕のことか!)


 降り注ぐ弾幕から逃げ回りながら実況ラジオに憤る。的を射ているかもしれないけど! だって僕はバトル初心者だし!


(それでも、タダでやられてやるわけにはいかない!)


 視界の隅に瞬く光に合わせて、蛇行を繰り返す。

 フィギュアスケートで培った、細かなステップやターンの技術がこんなところで役立つとは!

 弾着と共に巻き起こる爆風で体が飛びそうになった。堪えて一心不乱に地上を疾駆する。

 何故か異様に体が軽かった。今なら何でもできそう!

 僕の走る速度に追いつけなくなったのか、弾幕の着弾位置がどんどんずれてきた。これなら逃げ切れる!


『アルイ選手、華麗に躱していきます! 速すぎる!』

『おお、アイツやるなあ! 不利な地上戦でまさかの全弾回避! 防衛率百%も伊達じゃないってことか』


 ジンさんの感嘆の声に、ふふんと内心得意になってみる。


 もしかしてそれがいけなかったのだろうか。


 気付けば、左前方上空から三段に連なる弾幕が間近に迫ってきていた。


(あっ……)


 直撃コースだ。

 とっさに右足を振り上げ、左足のアウトサイドエッジで大地を強く踏み切る。後の動きは身体が覚えていた。肘を折りたたみ、両腕で上半身を締め上げて回転軸を作る。身体はぐるりと反時計回りに回り、空中で二回転半した。


(あう、ダブルアクセル、跳んじゃった)


 実況が叫ぶ。


『あ、アルイ選手、見たこともない華麗なジャンプで、鮮やかに弾幕を躱したああ!』


 直撃するはずだった弾幕は着弾し草原に大穴を開けたが、僕はすでに空中にいた。上手く躱せたようだった。

 この後はいつもだったら数秒の滞空時間の後に、後ろ向きに右足で着地し、左足でバランスを取り滑走するはずだったが……。

 気付くと、僕は鋭く回転を続けながら、空に吸い込まれるように急上昇を続けていた。


『ちょ、えええええええ!?』

『はぁああああああっ!?』

(な、なんでだよおおおおおおおおお!?)


 三者三様の叫び声が青空に木霊した。

 実況・解説のマイクは吹っ飛んだのか、ノイズがびりびりと耳を震わせる。

 観客の驚嘆のざわめきが響いた。


 誰か何が起きてるのか説明してくれ!


――――


 青空を透過する透明な天井にドン、と背中を打ち付けてられて、やっと上昇が止まった。

 ここがバトルエリアの上限領域らしい。


 遥か下界では点のようなガレオンがポカンと僕を見上げていた。何が起きたのか彼もわからないらしい。

 ザザザとノイズが走って、ラジオが復旧した。


『解説のジンさん、一体何が起きたんでしょうか……』


 ジンさんの困惑した声が聞こえる。


『何がって……。多分、地上戦でチャージし過ぎた飛行力が暴走したんですかね。後はジャンプが大幅にプラス判定されて、飛行力に強いボーナスが付いたか。恐らく両方でしょう』


 興奮した実況がはしゃいだ声を上げた。


『ああ、あの美しいジャンプならば納得です。実況人生で初めて見ましたよ!』

『俺もですよ。しかしアルイ選手の脚力には惚れますねぇ。あの大ジャンプはリアルの身体をよほど鍛えないと成し遂げられない。一体何のスポーツをやってるんだろ』


 わいわいと賑わう実況ラジオをよそに、僕はうんうんと頷いた。


(あー、そうかダブルアクセル跳んだからかー。……ってなんでやねん!)


 思わずノリツッコミが飛び出した。リンクでいくらアクセルジャンプを跳んでもこんなことにはならなかったのに!

 謎の超ジャンプの答えは、リンクとこの会場の違いにあるのかもしれない。そういえば地上戦でもやけに体が軽かった。

 しばらくうんうん唸っていたが、ようやく閃いた。


(もしかして、リンクでは重力魔法を五つも掛けていたから?)


 きっとそれだ。今までは重力魔法が邪魔をして、空を飛べなかったらしい。

 僕は頭を抱えた。リンクを現実に近づけようとした弊害がこんなところに現れるとは。

 疑問が解決してほっとした僕は、パシンと頬を叩いて気合を入れた。


(よ、よし、切り替えよう。僕は空を飛べるようになった。後は……)


 恐る恐る飛行具合を確かめてみる。

 低速飛行、急加速、ジグザグ飛行、そしてぐるりと宙返り。

 急激な方向転換でも目が回らず、身体は滑らかに動いた。


(いける! スケートで鍛えた三半規管はここでも使えるみたいだ!)


 どんな急旋回でもスケートのスピンと比べたら、全然回転は緩い。

 動体視力も文句なし。ジャッジ(審判)アピールのためにリンク上で常に自分の位置を把握する癖がついていたので、上下左右もわからなくなるような青空でもきちんと正しいポジションを捉えることができた。


 これなら、多少はガレオンにも食らいつける!


(よ、よし、行くぞ!) 


 僕は急降下して、ガレオンの待つ戦場に飛び込んだ。

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