第16話 セルゲイの正体
僕とセルゲイ、二人だけが場に残された。
ペアは原則一対一で戦うけど、試合中に任意のタイミングで相方と入れ替わることができる。
僕らの作戦では地上戦は僕の担当で、空中戦はガレオンの担当だ。
恐らく向こうも担当を分けているはず。
試合開始のブザーが力強く夜空に木霊する。
それを待っていたように歓声が怒涛の様に押し寄せてきた。
僕は緊張をほぐすように唇を一舐めすると、口早に詠唱した。
「グラビティLv.5」
ズンと、慣れた重圧が圧し掛かる。
観客がざわめく。実況が不可解そうに声を上げた。
『ん? アルイ選手、自らに重力魔法を掛けました! これで彼は二分半空を飛べなくなりますが、一体何を考えてるのか』
解説は冷静に僕の意図を見抜いた。
『恐らく日本選抜で見せた大ジャンプを飛行力に変換したいのでしょう。ジャンプに大幅なプラス判定が付くのは、あの試合で周知されましたが、ジャンプの度にいちいち空に飛びあがってては飛行力をチャージできませんからね』
『なるほど、飛ぶのではなく跳ぶことで飛行力をチャージする狙いがあったようです。さあ、チャンスだセルゲイ! 今のうちに飛んで空からアルイを狙い撃ちに……ん? ま、まさか!?』
セルゲイは低く笑って、呟いた。
『グラビティLv.5』
『なんと、全く同じ重力魔法を自らに掛けた! 二人は二分半空を飛ばず、地上戦で飛行力を貯める作戦に出ました!』
実況は驚愕の声を上げているが、僕は全く驚かなかった。セルゲイの正体について、ある確信が深まっただけだ。
僕らは同時に地を蹴った。
お互いの手に光が集中し、周囲に魔法陣が展開される。弾幕戦だ。
《想起! 迷宮・エリアG7!》
《2019 Iura SP(ショートプログラム)!》
両者の叫びと共に同時に振り下ろした光は、まっすぐに飛び、お互いの目の前で弾けた。弾幕が形成される。
セルゲイは光の迷路に閉じ込められた。これは僕のエリアG‐7を再現した弾幕だ。最難関のトラップが絶え間なく彼に襲いかかる。
僕はそれを横目にセルゲイが放った弾幕を避け続けていた。それはとても身に覚えのある構成の弾幕で……。
(っ! 全く、ふざけてる!)
弾幕を避けようとステップを刻む僕の耳に、幻聴が聞こえる。僕の全日本選手権SPの曲だ。
その曲をなぞり僕は弾幕を躱し続ける。ステップやいくつかのターン、スピードを上げてジャンプの助走、グッと力を込めて四回転ループジャンプ!
いや、弾幕を躱してるんじゃない。踊らされているんだ! 僕のあのSPを滑らなければ躱せない様に、弾幕が構成されている!
(セルゲイ、君の正体は……!)
二つの弾幕の持続時間が同時に切れた。
僕は五回ほどミスをして弾幕に身を削られたが、なんとか潜り抜けることができた。満身創痍の僕とは逆に彼は無傷だ。
「……やっぱり、君は白瀬君なんだね」
実は僕のエリアG7のトラップは、フィギュアスケートの技を繰り出さないとクリアできない。コンパルソリー、ステップや規定のスピン、ジャンプや果ては繋ぎの技などスケートのイロハが詰まっている。これをノーミスでクリアできるなんて、現役トップ選手しかいない。
果たしてセルゲイは苦笑してこう言った。
「気付くのが遅いですよ、井浦先輩」
「君は日本人かと思ってたけど」
「僕は日本とロシア、両方の国籍を持ってるんです。いわゆる二重国籍状態ですね」
なるほど、日本人なのにロシア代表になれたのはそういう経緯らしい。
その他にも聞きたいことは山ほどあった。どうしてこんなことをしたのか、どうして僕を追い詰めるのか。
でも今問い詰めてもきっと何も答えてくれないだろう。
(僕が、彼の言う『答え』を見せていないから)
だから僕は全てを呑みこんでこう言うしかない。
「安心したよ。君だとわかれば遠慮なくぶっ倒せる」
殺意の滲む僕の眼光に彼は不穏な笑いを漏らした。まるで、待ち望んだものがやってきたような、抑えきれない笑み。
彼と僕は同時に地を蹴り、助走の後、すれ違いざまジャンプで空に飛びあがった。お互いのパートナーに空中戦で使う飛行力を託すために。
奇しくも同じ三回転アクセルだった。
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