第8話 終夜の逢瀬

 二時間寝て、夕食を食べ、風呂に入ろうにも風邪をこじらせたくないからと、薬を飲んでさっさと自室に戻った。それはいいのだが、眠気というものが全然ない。薬がもう少し効いてくれば、すぐにぐっすりと眠れるのだが……いかんせん、眠気の一つも起きない。とはいえ起きるのも億劫おっくうだ。このまま眠くなるまで、天井を見ていよう。

 そんなわけで天井のシミを一つ一つ数えていると、コンコンコンと控えめにドアをノックする音が聞こえた。


『……ねぇ、起きてる?』


 小さく、けれど響く声。

 俺が一言「起きてるぞ」と呟くと、寝巻き姿の桃音が、俺の部屋の扉を開いた。


「……どうしたんだ?」

「別に……」


 桃音は俺の部屋に入り電気をつける。そして近づいてきたかと思えば、ベッドを支えに体育座りをする。



「……昨日はありがと」



 数秒か、あるいは数分か……正鵠せいこくにはわからない。しかし長く思えた沈黙を破るように、桃音は言葉を紡いでいく。


「昨日、お粥作ってくれて、ありがと」

「家族だろ? 助け合いにそれくらいするのは当然だ」


 それに今日、俺は助けられた。偶々たまたまだったのかもしれないが、恩には感謝の念を持つ……これも母が昔から言っていたことだ。


「俺の方こそ……今日はありがとうな。お粥、最高に美味かった」

「……私が作ったの、昼だけだし」

「それでも美味かったからな。俺より上手なんじゃないか?」

「──」


 そう言ってみると、何故か桃音は沈黙してしまう。何故だろうか? もしかして体調が悪くなったのだろうか?

 そう思い桃音のほうを振り向くが、桃音の表情はわからない。見えるのは桃音のつややかな黒髪と、心なしか赤くなっているように見える耳だけ。


「ま、まあね! ママから料理を学んでるし、出来て当然だし……」


 勢いよく、何かを紛らわすような必死さで話す桃音。けれどその勢いも、すぐ止まる。


「……ねぇ、昨日の私、おかしなことしてない?」

「──おかしなことって?」


 昨日……俺に甘えてくるような性格になっていた時のことだろうか?

 おかしなこと……性格がおかしくなっていたのだから、おかしな“こと”はしてなかっただろう。


「……ううん。なんでもない」

「そうか……けど、すごく可愛かったぞ?」

「え──わ、私もう寝るね! 昨日はありがと! おやすみ!」


 そう捲し立てるように言って、桃音は部屋を出ていく。律儀に部屋の電気を消して。


「あ、あと──明日には風邪、治してね!」


 扉を閉める前、桃音は思い出したかのように言って、自分の部屋に戻ってしまう。

 嵐のようだった……けれど、ああして桃音とゆっくりと喋ったのは、いつぶりだろうか? それを思い出そうとしたが、抗いがたい眠気が俺を襲う。眠気に流されるように眠りについた。










「昨日の私……何をやっちゃったの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る