最終話 妹が風邪を引こうとしている

 休日の午後は暇である。

 午前中こそ、部屋の掃除や布団を干したりとそこそこ忙しかったが、午後になった途端とたんに暇になった。テレビの端に表示されている時計は、午後の二時を指している。まだまだ洗濯物を取り込むには早く、ただただ暇。

 そんなどうでもいい思考で時間を潰していると、居間に金具の高い音が響く。


「桃音、自主学習はもういいのか?」

「うん。今日はもういいかなって」


 妹の桃音は勤勉で、今日だけでももう四時間は自主学習をしている。

 俺もそこまで自主学習とかが苦になる性格ではないが……そこまでできないだろう。素直に尊敬できる。

 そんな真面目な桃音は、何故か俺の足の間に座る。


「……寒くないか?」

「お兄ちゃん暖かいもん。別に寒くないよ」


 そう言って体重を預けてくる桃音。

 告白の日から早くも1ヶ月経ち、桃音は更に甘えてくるようになった。今のように俺に寄りかかってくることも珍しくないし、添い寝しようとせがむこともあるくらい。

 ちなみに母も容認しているので、家の中では恋人のように接している。


「確かに人の体温は高いけど、炬燵のほうが暖かいぞ?」

「……」


 桃音は膨れっ面でソファーから下りて、炬燵に入る。

 我が家の冬のこの場所は、人を駄目にするもので溢れており、気を抜けば眠ってしまう。そんな場所なのだ。


「……お兄ちゃん、背中」

「お兄ちゃんの扱いひどくないか?」


 ちょっと傷心しそう。いえまあ、なりますけどね? 背もたれに。


「恋人だからいーの」


 そう言われたら、こちらは何も言えなくなってしまう。

 桃音はまた俺に寄りかかる。

 ふわりとした匂いが鼻腔びこうをくすぐり心臓に悪い。けれどふと自分のものではない心音を聞いて桃音を見れば、その両耳は心なしか赤くなっているような気がした。


「……そんな緊張してるなら、無理しなくてもいいんだぞ?」

「無理じゃないし……」


 そうねたように言う桃音に、少しだけ悪戯心いたずらごころが芽生えてしまい、俺は噂に聞く恋人座り──桃音を後ろから抱き締めるような格好になる。

 ……いささか恥ずかしいけど、どこか落ち着く、これ。


「これでも大丈夫か?」

「こ、これは無理だよ……」


 密着しているので、冬服越しながらも心臓の激しい鼓動が聞こえてくる。

 でもそれは、俺も同じことで──


「……お兄ちゃんも、ドキドキしてる?」

「してるよ……可愛い妹を抱きしめてるんだから」


 こうして恋人のように桃音と接することができるのは嬉しいし、出来ないとたかくくっていたからか、緊張よりも幸福感のほうが大きい。

 だから自然と、抱きしめる力も強くなる。


「ホントだ。お兄ちゃんの心臓の音、すごい」

「桃音の心音も負けてないぞ?」


 そう言い合って、自然と笑ってしまう。

 どちらからともなく、本当に自然と。強いていうなら同時に、俺と桃音は笑ってしまう。


「兄妹だなぁ」

「兄妹だね」


 自然と溢れた笑みはいつの間にか緊張をほぐし、いつもの、俺たちの心地よい、いつもの雰囲気をかもし出す。


「お兄ちゃんに包まれてるなぁ……ねぇお兄ちゃん。このままちょっと寝てもいい?」

「風邪引くぞ?」


 本当に眠たげな桃音に、そう冗談混じりに言う。

 すると桃音は笑顔で「いいよ」なんて呟いて、振り向きざまにキスをする。

 驚き固まっていると、桃音は悪戯が成功した子供のように明るい笑みで言った。







「──またお兄ちゃんに看病されるなら、風邪になってもいいかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る