第17話 歯車は音を立てて回り始めた
麦茶の入った湯飲みを二人分座卓に置く。
「ありがとう。お兄ちゃん」
「ああ」
俺がソファーの隅──桃音が真ん中を陣取っているのため──に座ると、桃音はわざわざ寄ってくる。
そして明るく可愛らしい、悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべた。思わず見惚れるほど可愛い笑顔を直視できず、俺は持ってきた麦茶を一口飲む。
「……桃音は、俺なんかを好きになって、好きといって、良かった?」
心を落ち着かせ、桃音に問う。
麦茶を一口飲み、桃音はどこか憂いを含んだ眼差しで虚空を見ながら口を開く。
「……辛かった、かな。
私達は兄妹だから、結婚もできないし子どもも作れない」
桃音は寂しげに視線を麦茶の入った湯飲みに落とす。寂しげではなく、実際に、先ほど言っていたように、辛いのだろう。
確かに、例え俺たち兄妹で子どもを産んだとしても、周囲からは冷たい目で見られるだろう。そもそも、兄妹で付き合っている時点で、そうなのかもしれない。
「高校に上がってさ、兄妹で子どもを作ると先天性の病気や障害が起きやすいって聞いて……それからさ、お兄ちゃんを嫌いになるよう、嫌われるように、努力してたんだ……」
そんなことを……そう考えると共に、どこか納得している自分もいる。確かに、桃音の反抗期は高校に入ってから少ししてから。急に、唐突に、何の脈絡もなく、反抗期が始まった。
そういうものだと、少し心にダメージを負って、いつかは終わることだ。いつかは元通りになる……そう思っていたのだが。
「……やっぱ、兄妹だよなぁ」
「……そうだね」
「俺もさ、それ知った時は『桃音を諦めよう』って思ったよ」
──けれど、無理だった。
桃音が可愛くて、無理だった。
嫌われたくないと、思ってしまった。
「けれど無理だったよ……」
何度も何度も、甘やかした。
けれど心の隅では『これではいけない』と思っていた。『桃音に恋人ができるまで』──そう考えていた俺もいる。実際、桃音が恋人を連れてきたら諦めがつくと、そう思っていた。
「俺は桃音より弱虫だからさ、桃音のように『嫌われる』ことを行動に移せなかったし、おくびにも出せなかった」
「お兄ちゃんは弱虫じゃないよ……私だって、弱虫だよ」
やっぱり、似た者兄妹だ。
共に弱虫で、共に臆病で……。
「……好きだよ桃音。世界の誰よりも」
「私も……世界一大好き」
俺は桃音との間を失くすように桃音に寄る。桃音も俺に寄りかかってくる。
それがどうも安心できて、心地よい。
弱虫でも、臆病でも生きていける。
兄妹でも、同じ家で生きていける。
不自由はある。だけどそれを言い始めればキリがない。
不自由の中で、俺たちは自由を謳歌しているのだから。
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