第16話 運命は奇怪、命運は怪奇

 嗚呼、遂に言ってしまった。

 そのことへの後悔の念が津波のように俺の心に流れ込んでくるが、嘆いても遅い。

 きっと桃音は引くだろう。実の兄が実の妹に劣情れつじょうを抱いていることを。

 それを知られれば、関係はさらに壊れてしまう。いや、壊れていくのだろう。だって言ってしまったのだから。

 好きだと、言ってしまったのだから。


「俺は、桃音のことが好きだ。親愛なんかじゃない。一人の女性として」


 壊れるのなら、とことん壊れてしまえ。自分の想い全てを吐き出して、そして──


「も、もぅ……いいから」


 ギュッと、更に強く抱き締めてくる桃音。

 憎いのか。それとも怖いのか? わからない。けれども、何故なぜか、桃音の声には拒絶きょぜつの意思はないように聞こえてしまう。都合つごうのいい妄想だとわかっているのに、そう感じてしまうのだ。


「──すまん。けど桃音。俺はお前のことが好きだよ……」


 ──だから、怖いなら一言『キモい』と言ってくれないか?

 数ヶ月前のように、拒絶してくれ。そんな懇願は叶わず、桃音は俺を抱き締めたまま、頭をぐりぐりと俺の背中に押し付けてくる。


「……わたしも、好き」


「……」


 そして、思いもよらない幻聴を聞いた。

 好きだと。こんな兄を好きだと言う幻聴を。どうやら思った以上に精神をすり減らしたらしい。幻聴を聞いてしまうとは、人としても失格……兄としても、失格だ。


「好きだったの。昔から……」


 しかし、あまりにも現実的すぎる。

 背中に当たる感触も、響く声や息づかいも、とても幻聴とは思えない。まるで本当に起こっていることであるかのようで──


「ずーっとずーっと、好きだった」


 自然と腕はほどかれ、解放される。

 恐る恐る振り返ってみれば、桃音は目尻に大きめな雫をためている。心なしか頬も赤い。

 ふと、冷たい風が吹く。


「……家の中、入るか」

「……うん」


 鍵を拾い、開ける。

 家の中は真っ暗で静かだ。

 俺と桃音は、何ともいえない、けれど先ほどのような重みはない沈黙と共に、家に入った。

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