第2話 妹が少しだけ素直になったようで

「──よし、少し休憩にするか」


 仕事用ノートパソコンを閉じて、ダイニングテーブルの端に寄せる。んー、疲れた。

 お昼は俺もおかゆでいいかな。そうと決まれば調理開始──まあ調理といっても、米を大量の湯で煮込むだけ……レシピとかアレンジとかの種類もあるし、ギリギリ料理の範疇はんちゅうだ。個人的には料理である。


「お粥なんて何時ぶりに作るんだ……?」


 思い出そうとするが、全く記憶にない。作ったのは覚えているけれども……。


「ま、いいや」


 考え事をしてると周りが見えなくなるのは昔からの癖だから、そこまで深く考えるのは止めた。後でいい。休憩の時にでも。

 そうこうしているうちに、お粥が完成。

 どれだけ食べるかわからないから、お茶碗にお玉で一掬ひとすくい。味噌と共に持っていく。

 ついでに梅干しを……と思ったのだが、残念なことになかった。俺も梅干しで食いたかったよ……。


「桃音、起きてるか?」

「……んー」


 どうやら起きているようだ。

 桃音の枕元のスポドリも大分だいぶん飲んでおり、半分程度にまで減っている。


「お粥、作ったんだけど食べられそうか?」

「(こくり)」


 一つ頷いた桃音は、あーと口をあける。


「食べさせろってことか?」

「(こくりこくり)」

「……薬は自分で飲むんだぞ?」

「!(こくりこくりこくり)」


 何だかんだで妹には甘くなるものだ。

 少量のお粥をさじで掬い、桃音の口に運ぶ。雛に餌をやる気分って、こんな感じなのだろうか。

 一応、薄めに塩味がついてるから……味噌は自分で食べるようになったらってことにしてもらおう。

 その後も、桃音は何度も口を開いてお粥を催促してきた。自分で食べる気はないようだ。


「──よし、食べきったな。ちょっとおでこ触るぞ」

「……」


 無言で頭をこちらに向ける桃音に少し意外感を感じながら、俺は黒くてまっすぐな前髪の上に手をのせる。


「……少し下がったけど、まだありそうだな」


 氷枕を敷いていたお陰か、表面は冷たいが、奥の方に熱が籠っている気がした。


「薬は飲めるか?」

「(コクリ)」

「じゃあこれ、きちんと二錠飲むんだぞ? 俺は氷枕を変えてくるから」


 氷枕を持ち、俺は桃音の部屋を出る。扉を閉めると、どっと疲れが押し寄せてきた。

 肉体的なモノではない。それも少しはあるのだが、今襲ってきているのは、精神的な疲労である。


「はぁ……」


 脳裏をよぎるのは先ほどの桃音の姿。別に寝巻き姿が新鮮だったわけでもなければ、汗をかいている姿に見惚れたわけじゃない……少しだけ、寝巻き姿は新鮮に思ったが。

 たださっきは、桃音が普通に接してくれて、それが嬉しかっただけで──。


「……って、それで納得できないよなぁ」


 素直に言えば、めちゃくちゃ緊張した。ドキッとさせられた場面も、ないと言えば嘘になる。

 けれどあれは風邪のせいでああになっているだけだ。桃音の本音などではない。

 そう言い聞かせ、雑念を追い払うように、頭を振る。俺は氷枕を取りに居間に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る