第11話 思い出の場所
近所にコンビニは1軒しかない。住宅街の端に1軒。世界規模で展開している有名なコンビニエンスストア。俺たちの家からは5分とかからずに行けるコンビニだ。昔、桃音と2人で買い食いしたこともある。
「いらっしゃいませ──って、湊じゃん」
来客時の挨拶だけで終わるかと思いきや、とても聞きなれた声がした。思わず声の方に振り替える。
そこには10年来の友人の姿があった。
「わー、久しぶり湊。なんかやつれた?」
「……お前は変わり無さそうでなりよりだ」
えー、そんなことないしーという言葉を皮切りに、会社の愚痴を言い始める友人。
「お前……仕事中だろ?」
「いーのいーの……ところで後ろの子はどちらさん?」
「桃音──俺の妹な」
へぇ……と品定めするような視線を桃音にむけながら近づいてくる。
「似てないなぁ……うん。全然似てない」
「悪かったな。あと見比べるな」
兄である俺とて、たまに実は兄妹じゃないのでは──と疑うくらいなのだ。まあ俺が父親に、桃音は母親に似てるから似てないだけだが。
「ごめんごめん……っと、初めまして桃音ちゃん。私は
「よ、よろしく……」
桃音は千夏と握手をする。
「やっば肌柔らかすぎるだろ何だこれ」
「……え?」
千夏の
「はぁーいい匂い。もしかして風呂上がり? あ、でも汗の匂いもするじゃん。いいわぁ……」
「え? あの……」
千夏の悪癖に、視線で助けを求めてくる桃音。俺は千夏に1発、強めのチョップをお見舞いする。
「ちょ、乙女の頭に何てことしてくれるのさ!」
「妹に手を出して鼻息を荒くしてる奴を乙女とは呼ばん」
そうは言っても悪癖は止まらない。俺の背に隠れるように逃げた桃音だが、千夏は手をワキワキと動かす。
「げへへ……女の子はみんな乙女なんだよぉぉぉ!」
「いい加減にせいっ」
「あべしっ!?」
もう1発お見舞いして、千夏の悪癖である暴走はあっけく終わったのだった。
「──いやーごめんごめん。桃音ちゃんが可愛くてついさー。あ、そうだこれ、私のIDね」
そう言いながらメモ用紙の切れ端を桃音に渡している辺り、真面目にレジ打ちをしてこそいるが、千夏に反省の色はない。
桃音はもはや顔も合わせようとしていない。それでもただ「ありゃりゃ、嫌われちゃった」とどこか楽しそうに言うもんだから、俺も怒る気が失せてきてしまう。
「可愛かったら愛でていいってわけじゃないだろ……いい加減その癖どうにかしろって」
「世の中、いや近くに可愛い女の子がいる間は無理かなぁ」
無理かなぁじゃねえよ。とは言わないでおく。この会話とて、何度したかわかったものではない。それくらい何度も行った問答なのだから。
ちなみに今の時間帯は来客が少ない為、ちょっとくらいならふざけられるとのこと。やめて差し上げろ。
「はい。お会計300円ね」
「ん? 俺には367円に見えるんだが」
「迷惑かけちゃったからねー」
ならいいや。罪悪感もなくそう思えるところに、中々に毒されていると
「はい? 私は300円って言ったじゃん?」
「いいよ。釣りは好きに使え……ありがとな」
「はいはーい。毎度あり」
俺たちはコンビニを出る。
じゃーねーと店員としての役目を忘れているような店員らしからぬ挨拶に
「はい」
「……ん」
桃音に500mlペットボトルに入った冷や水を差し出す。よほど喉が渇いていたのだろう。すぐに半分ほど飲んでしまった。
「……どうだった? 面白いやつだったろ?」
「……うん」
何だかんだで、大切そうにメモ用紙を握る桃音。表情も心なしか穏やかにみえる。
千夏は学生時代から
先ほどこそ、冗談交じりだっだわけだが、元気そうで安心したのは本当だ。
「──じゃあ、帰るか」
「うん」
空のペットボトルをゴミ箱に捨て、来た道を戻る俺と桃音。
「……ありがと。奢ってくれて」
「いいよ。俺も久しぶりに親友に会えたし」
肩が触れそうな距離をこうして二人並んで歩いたのはいつぶりだろうか。
そんなことを考えながらの帰路はどこか新鮮である。
「また行こうよ」
「そうだな」
こんな夜も悪くない、そう思う自分もいて、そして……。
──久しぶりに繋いだその手はとても暖かかく、この時間がずっと続けばと思ってしまった。
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