女神様いかがですか?

「てめぇら何なんだよ。いきなり女の部屋に入りやがってよ」


 文句を言いたいのは僕たちのほうだ。

 僕たちは、ツルツルでピッカピカ冷たい床の上に正座をさせられ、一斗缶に腰かけたイカツイ女から恫喝されている。

 イカツイっていうか、頭がおかしいってこの人。身長低いけれど、スリーサイズ全て100オーバー。体重も絶対100オーバー。顔には隈取りみたいなタトゥーを入れている。正気か? コイツ。


「物事には順番があんだろぅが。ソレをすっ飛ばして来やがって。てめぇら、ここはどこだか分かってやってきてんのか? あ゛ぁ゛ん?」


 女は手に持った竹刀で僕たちの頭をビシビシと叩いてくる。頭皮刺激マッサージ? やかましいわ。


「おい、そこのクルクルゥ」


 クルクル。あぁ。そうです。僕のことです。天パの玖島。●●ヘアーのクッシー。玖島のクはクルクルのくー。小学生から培われたくるくる=僕。


「あっ、はい」

「あっ、はいじゃねぇよ。てめぇ、アタイの名前を言ってみな」


 言ってみな、ってあんた。僕はアナタと初対面ですよ。なんとなーく声が女っぽいから女だって思ってやってるけどよぉ。てめぇはアレか? ジ●ギ様か?


「えっと……。ビーナス?」


 僕は無実です。初対面の女性に名前を言えと言われて素敵な名前を当てられるほど経験豊かな男ではありません。なんだい? この仕打ち。あの女、手に持った竹刀で僕の顔面をフルスイングしてきやがった。僕が人間で良かったなぁ。僕が白球でごらんなさい。僕は今頃君の部屋をぶち抜いて外に出ているはずだ。君の部屋にどでかい穴を開けてやってんだ。どうだい? 風通しの良い部屋だろう? うん。そうしてやんなかった僕に感謝するんだな。

 っていうか、僕は頬を打たれてクスンクスン泣いてるというのに笑うな。そこのクズ三人ミヤ ボブ たかちー


「馬鹿野郎。アタイの名前を知らねぇとはとんだ不届きもんだ。てめぇら四人心中か? まともな死に方してねぇな? このクズ。言っておくぜ。死ぬ前の予習は大切だ。 アタイの名前はナンム。原初の女神様で、てめぇらみたいな未練タラタラクソ野郎どもの魂を慰めるためにこの世界にいざなうご主人様なんだよ」


 女神ってタマかこの野郎。せいぜいお前は破壊神ヤクザだ。破壊神ヤクザナンム。とっととプロレスデビューしてこい。えぇい。この際だ。組長でもいいぞ。獣神●イガーと良い勝負できるぞ。


「原初の女神?」

「ナンム?」


 ミヤとボブが素っ頓狂な声を出しているのが気に食わなかったのだろう。ナンムはフライパンみたいに分厚い手であの二人をビンダしやがった。すげぇ。女のビンダで肉が破裂する音を聞くなんて思わなかったぞ。


「ナンム様と言え、この死人クズ


 圧がやべぇって。立っているだけで回りの空気が歪んでいく。ってか、待てよ。死人? 誰が?


「ナンム、ちょっと……」

「おいクルクル。てめぇはまたたれたいか?」

「いえ、ナンム様。一つご質問が……」

「おう、良いぞ。私は寛大だ。さっさと言え」

「ナンム様は、私たちのことを、そのぉ……。死んだ人間と、お思いなのでしょうか?」

「あ゛? てめぇら死んだんじゃなきゃ一体何なんだよ」


 ナンムの細い目がさらに細くなる。僕は何かを勘違いしている彼女に、今までのいきさつを説明した。僕たちは、自主映画作成で青島隧道トンネルで撮影をしていたこと。歩いていたらナンムの部屋に来たこと。

 彼女はすぐには理解してくれなかったが、僕らの必死の説明に何か思うところがあるようで一冊の手帳を取り出した。


「おい、てめぇら。一人ずつ名前を言え」

「ぼ、僕は玖島くしまです」

「み、京都城みやこのじょう、です」

信岡のぶおかと申しますぅ」

高千穂たかちほぉ……です」


 ナンムは僕らの苗字を繰り返し呟きページをめくる。めくってめくって。ひどく手荒いめくり方だったからね。ページが破れるんじゃないか。って僕は思ったさ。


「嘘だろ。てめぇら。この死人手帳に名前がねぇってどういうことだよ!」


え? あのメモ帳、死んだ人の名前が入ってるの?

 

ナンムは立ち上がり座っていた一斗缶を床にたたきつけて、それだけじゃ飽き足らず踵落としまでした。すげぇよあの女。一斗缶がだよ、面白いぐらいにベッコンベッコンに凹んでいくんだ。粘土か何かかよ。違うだろ? 一斗缶だろ? なんなんだよ。あの女。


「ありえねぇ。今までこんなことありえねぇよ」

「あ、ありえないと申しますとぉ?」

「ここはな、しみったれた死に方をした人間の魂を慰めるために与えられた世界だ。最近多いだろ? トラックで轢かれたとか、通り魔に殺されたとか、本人の予期しねぇ死に方。そういう奴にチャンスを与える世界だ。死なないと来れない場所なのに……。呼ばれてねぇ客が勝手にくるんじゃねぇよ!」


 今度は女神様手に巻き付けたチェーンを床に叩きつけてらっしゃる。あのチェーンはいけません。あのチェーンで叩かれてはいけません。文字通り、この場で僕たちは死にます。


「そうですか。僕らはお呼びではない客ということなのでぇ、是非とも帰りたいのですがぁ」

「あぁそうだ、てめぇらは即刻元の世界へ返してやりてぇが、私にはそんな力はねぇ。あたしは、哀れな魂を招くは出来ても還す力はねぇ」

「えっ、じゃぁどうやって僕らは帰ればいいんですか!」


 あ、ナンムが僕とボブを睨んだ。喋った僕たち悪かった? やめて! そのチェーンで痛めつけるのはやめて!


「あぁ、教えてやるさ。てめぇらが元の世界に帰る方法は二つ」


 あ、二つもあるのか。選択肢は多い方が良い。


「一つ、この世界の諸悪の根源。おそらくあたし達の世界とてめぇらの世界に風穴を開けたであろう魔王をブチ殺すこと」


 魔王をブチ殺すって、僕たちじゃなくてアナタのほうが確実だと思いますよ。

 その一斗缶持って頭を勝ち割ったり、チェーンって魔王の血肉を痛めつけたり。毒霧とか鞭とか。そういう多少殺傷能力を持つ武器を持てばアナタなら一発で魔王を活き〆めすることは可能です。


「二つ、終わりの女神アルラトゥに会う。あの女は全てを終わらせる女だ。お前らのこの世界での終わらせ方を知ってるはず。この世界で終わるっつーことはこの世界からの脱出を意味する。脱出先もあの女の力なら多少は融通が利くぞ」


 ナンムの口から「全てを終わらせる」と聞くと、僕らの頭には「死」しか浮かび上がりません。


「さぁ選べ。てめぇらに出来るのは魔王をブチ殺すことか、旅をすることか。どちらかだけだ」

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