冒険者ギルド いかがですか? 2回目

「お前、ダイスと一緒っつーことは、魔王を倒さねぇんだろう?」

「あぁん? 僕たちは金が必要なんだ。金を稼ぐために冒険者ギルドに来てんだよ」


 僕は啖呵を切ったように言うと、周囲にいた異世界人達がどっと笑いだした。


「馬鹿かよ、天パァ、外見もパァなら頭もパァか?」

「あぁん?」


 最初に口を開いたのは性格の悪そうなキツネ顔の若い男だ。


「知らねぇのか? 冒険者ギルドはなぁ、魔王討伐用のクエストしかねぇの。そのクエストはお前たちみたいな腰抜けがやるもんじゃねぇんだよ」

「なんだよチンピラ。言いたいことがあるならもったいぶらねぇで言えよ。てめぇの頭の口は万年便秘か?」

「はぁ? 言っちゃっていいの? 言っちゃっていいのかい? 天パ君、泣かないかぁい?」


 僕は黙った。この手の挑発に乗ったら負ける、ってことぐらいは知っているさ。


「冒険者ギルドは魔王退治を目的とする施設だ。魔王を倒さねぇタマ無しが利用できねぇって言ってんだよ。ばぁか」


 そういうとキツネ顔は米神当たりをポンポンと人差し指で叩いた。

 ダイスはキツネ顔の男から離れようと僕に謝りながら服を引っ張る。

 わかるよ。ダイス。ケンカになるからヨソに行こうって言ってんだろう。だが、ダメだ。僕ぁ今、プチッっと来た。久々に来た。今、コイツのねじれた根性をなんとかしてブン殴りてぇとしか思ってない。殴るまで僕はここにいるぞ。


「なんだよ君ぃ、頭悪いのは君の方じゃないのかい?」

「何がだよ」

「僕が、いつ、魔王を倒さないって言ったかい?」


 そうさ。マスターから「魔王を倒すのか」って聞かれて、僕は倒すとも倒さないとも言っていない。言った、言わないの問題かもしれない。だが、僕のはぐらかしをどう捉えるかは、このキツネ男じゃなくて、冒険者ギルドのマスターの判断だ。


 マスターはカウンターにもたれかかり、鋭い目で僕を見た。


「実力はあるのか? 冒険者ギルドは魔王討伐の為のギルドではない。実力のある者のためのギルドだ」

「馬鹿野郎。実力ならあるぜ。何故なら僕は……。あの原初の女神 ナンムを欺いた男だ。それでも、実力はないっていうのか?」


 ナンムヤクザの名前を口に出した途端、この冒険者ギルドの雰囲気が変わった。破壊神ヤクザの名前を聞くだけでなんでみんなそんなに怖がるの? あのキツネ男、机の下に隠れてガタガタしてるよ。

 僕は間違った人の名前を出したかもしれない。えぇい。でも後には引けん。


「ナンム様を欺いた……だと?」

「あぁそうさ。僕の本当の目的は魔王討伐さ。だけど、魔王討伐なんか選択したら、とっても強いギフトをくれるんだろぅ? そりゃー、面白くない」


 僕は全く魔王を倒す気はないよ。何度も言うようだが、この世界に義理は無い。


「僕は強欲だ。妖精も欲しい。クズでカスでゴミで、うんこ製造機のような妖精が最高だ。そのだるんだるんに弛んだ精神を叩きなおす! そういう成長を妖精としたかったんだ。僕たちの努力・友情により魔王にビシーッと勝利する。考えてごらん? 素晴らしいことじゃないか。美しい。実に美しい。僕はだね、美しい実りある結末を手に入れるためにナンムにはアルラトゥに会うと言ったんだ」

「な、なんだと……。確かに、今まで妖精連れでの魔王討伐は聞いたことがない。だが、それで本当にナンム様が――」

「僕を信じないのかい! 僕はこう見えてものだな、昔から喧嘩っ早くてね。いかにも自分よりも強そうだ。と思った人間に自分から積極的に会いに行ったんだ。まぁ、強い奴っていうのは会っただけでわかる。覇気とかそういうチャチなもんじゃねぇ。強い奴は無。存在感も威圧感も何一つ存在しねぇ。空気のような奴ばっかりだった。おそらく、魔王もそういう奴だろう。もう考えただけで、会いたくて会いたくて震えている。強い魔王。そんな奴に、こんなやれ武器だ。やれ防具だ。やれ仲間だなんとか言って外見ばかりチャラチャラしている奴に倒せる訳が無い」


 ごめんなさい。嘘です。僕、強い奴を見たら逃げます。


「良いか? マスター。お前も長いことこの仕事をしているんだろう? しているんなら、どんな奴が強い奴でどんな奴が使えない奴かはわかるだろう」

「そうだな」

「マスター。これだけは言おう。僕は、元いた世界では僕を真正面から勝てた者はいない。卑怯な手を使っても、負けたことがない。仕方ないさ。弱き者が僕を見れば目玉は飛び出て心臓は止まり、尿道肛門の自由が効かなくなる。そんな特殊能力を持っていた。見てごらんなさい。先ほど僕にケンカを振ったヤツは机の下でガタガタ震えている。僕の特殊能力は嘘に見えるかい? 僕が嘘をついているように見えるかい? こんな僕が、魔王に負けるとでも思うのかい?」


 あ、彼はナンムの名前を聞いた途端机の下に隠れたんだ。悪いが、使わせてもらう。

 僕は昔からこうなんだ。口からでまかせばっかり出る。頭の中で噴水が出来上がって言葉や物語がポンポンポンって浮かび上がるんだ。なんだよ。このホラ話が自然と出てくるんだ。


「どうだい、マスター。それでも僕は実力は無いかい?」


 マスターはじっと僕の顔を見ると


「ちょっとそこで待っておれ」


 と言って店の奥に引っ込んでいった。やだなぁ。警察みたいなの呼ばれるの。こんな異世界でファースト前科が付くのだけは勘弁被りたい。

 そんなことを考えていると、マスターが真新しい羊皮紙を持ってきた。


「お前たち、この仕事を請け負ってくれるかね?」


 だから、羊皮紙に書いた文字は読めねぇっつーの。

 心がバッキバキに折れたっぽいダイスは僕たちの代わりに羊皮紙に書いた文字を読む。

 一度、耳が割れるほど酷い声をあげると確認するようにマスターに質問した。


「ま、ま、ま、マスター? こ、この任務を本当にこのダメ人間に依頼するわけ?」

「そうだ。あのナンムを騙したと豪語する男だ。これぐらいできるだろう」

「そ、そうかもしれないけれど……。でも流石に妖鳥オルカブツ討伐だなんて……」


 妖鳥オルカブツ。この単語を聞くや否や周囲にいた異世界人と思しき冒険者たちの顔の色が変わった。

 動揺してるような、困惑してるような、そんな顔。


「ま、マスター! なんでそんな上玉な任務を今まで隠し持ってたんだよ!」


 あー。いかにもっていう顔をした男が立ち上がった。落ち着いてとなだめている年頃っぽい女の子を突き飛ばしてるし。嫌だねぇ。あぁいう男。か弱い女の子を泣かすような男ってやっぱりダメだよねぇ。


「妖鳥オルカブツ?」

「あぁ。このヨクルト周辺に居座る魔王の配下。滅多と町には表れないが、一度暴れると大変だ」

「死傷者は?」

「出るだろう」

「んじゃぁ、なんでそんなバケモノを放置していたんだよ」

「妖鳥オルカブツは同族殺しの鳥。実力は折り紙付きだ。実績のない異世界人には任せられなかった。だが、そろそろ潮時かもしれん」


 し、潮時って、まさか……。


「君、名前は?」

「く、玖島です」

「クシマ。原初の女神 ナンムを騙し妖精と旅する変わり者の冒険者。君なら、オルカブツと渡り合えるかもしれん」


 えっ。何それ。そ、そんなこと僕望んでないんだけど……。ボブとたかちーの視線がすごく痛い。


「卑怯だぞマスター! 冒険者ギルドは全ての冒険者に平等のはず。門戸は広く。何人とも拒むべからずじゃなかったのか」

「やめてよ、ハルト。大声を出さないで」


 ハルトと呼ばれた男は顔を真っ赤にして文句を言い出した。。というか、たかちーの顔がむっちゃ不機嫌になっている。ギルドは平等って。あいつ、それ以上ギルドのこと言うのやめとけよー。たかちー、そういうギルドとかの単語には厳しいから。詰られるよ。本当に。

 ってか、ミヤもミヤ。突き飛ばされた女の子を介抱している。絵になるなぁ。

 あと、ミヤに介抱してもらいたいがために自発的に倒れる女多くないか?


「あぁ。冒険者ギルドは全ての冒険者に平等だ。妖鳥オルカブツ討伐、挑戦者は拒まんぞ」


 あ、別に僕じゃなくても良いのね。良かったー。


「と、ところでマスター?」

「なんだ? ダイス」

「このギルドの報奨金はいくらになるのかしら?」


 マスターは指を5本突き出した。


「やります! クシマ、今、やるって私に目で合図を送ったんです。だからやります!」


 ふざけんなよ。このクソ妖精。誰がヤルって言ったんだよ。馬鹿いうな。


「くーしーまー!」


 あ、やめてボブ。僕本当に何もやってないって。だから、肩に手を置かないで。僕の肩を握りつぶそうとしないで!


「玖島ぁ、外の空気吸いたくなぁい?」


 あーあー! たかちー! たかちー、違うってば。僕は何もしていないから。


「玖島、俺、外で待ってるよ。色々とあるだろう?」


 違う。違うって、ミヤ。待って! っておぉぉい! 何してるんだダイス。やめろ。サインなんかするんじゃねぇ。


「びっくりしたわ。クシマ。あなた、意外とやる気なのね」


 うるせぇ! 僕は何もしていないってばああああ。

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