さようなら。妖鳥オルカブツさん

 流石にマスターもオルカブツの登場は想定していなかったのかな?

 光の中から現れたオルカブツを見ると、健康そうな顔色があっという間に悪くなった。

 そして、オルカブツの登場したタイミングで入ってきたのはボブだ。床板がぎぃぎぃとボブの体重で軋んでいるんだが、どうやらマスターはそれにも気づいちゃいない。

 んん? それだけ動揺しているのかな? オルカブツの登場に。


「荵?@縺カ繧翫□縺ェ縲ゅ♀縺」縺輔s」

「マスター、お前の首を取りに来た。ってオルカブツは言ってるぜぇ」

「く、首を? 一体何のことだ」


 僕はオルカブツの言葉を通訳した。そして、マスターの言葉もオルカブツに伝える。すると、オルカブツは真ん丸な目を吊り上げてドンドンとその場を飛び跳ねた。見た目以上の体重を誇るオルカブツ。アレがドンドンと飛び跳ねると天井は悲鳴を上げ、ハラハラと木埃が落ちてくる。


「縺励i縺ー縺」縺上l繧九↑繧」

「覚えていないとは言わせない。お前は、妹や仲間達、親友のエンタルゥーを殺しただろう! だとさ」


 僕の通訳にマスターは首を何度も横に振った。さすがにこのジェスチャーはオルカブツもすぐに理解したようで、バンバンと床を叩きカウンターを乗り越えてマスターの胸倉をつかんだ。

ゆっさゆっさと激しく揺さぶる。いや、もっと時間が経てばオルカブツの手はマスターの首にかかるだろう。

 僕たちはオルカブツに押され壁に背を付けるマスターの姿を冷ややかに見つめている。仕方ないだろう? オルカブツは僕たちの仕事の依頼人でもあるんだ。

 オルカブツが僕たちに依頼したことはたった一つ。

 仲間達の仇を撮りたい。そりゃぁ、最初は人殺しに加担するなんて嫌だ。っつって断ったんだよ。だけどな、オルカブツは別にマスターを殺したいわけじゃない。もしも、マスターを殺したら自分は、アイツらと同じになる。って言ってさ。

 マスターに「自分は死ぬまでお前を祟ってやる」っていうことを脳みそに刷り込ませるためのお手伝いをしているわけ。


「た、たすけてくれぇ」


 マスターは僕たちにようやく救いの手を差し伸べた。


「マスター、それは調子よすぎるんじゃねぇか? 僕たちにはいろいろと隠し事をしておいてさ。そんでもって自分が不利になったらこうやって助けを求める。なんていうの? 自分で信頼関係をぶっ壊しておいて助けようなんてするの、なんかおかしいんじゃねぇ?」

「わ、悪かった。確かに俺はお前たちに隠し事をしていた。だから、だからああああああ」

「だからなんだよ。あぁん? 助けたから金くれるわけじゃねぇだろ? 人に依頼するときはなぁ、三つ指ついて金を差し出すのが道理だろ? それができねぇんなら、てめぇのタマと同じぐらい恥ずかしいもんを出せよ」

「ふぁ、ふぁあああ?」

「オルカブツ、そのまま手ぇ離すなよ。こいつが話す気になるまで手を緩めなくていいからな――」

「わ、わかった! 話す! 話す!!!」

「おーし。じゃぁ、さっさと話せ」


 僕の合図でボブは近くの商店から手に入れた紙と鉛筆を用意した。



「オルカブツ、胸倉は絶対離すなよ。コイツがちーっとでもイキった行動を取ったらすぐに首絞めていいからなぁ」


 僕の言葉に、マスターの顔がさらに青くなった。そして、ようやくあのジジイの目にもボブが自分の言葉をしたためようとしているのに気づいたみたい。遅せぇんだよ。全く。


「うんじゃー、質問。冒険者ギルドのマスター。お前はぁぁぁ、自分がフラれたことの腹いせでぇぇぇ、オルカブツの一族郎党を皆殺しにした。〇かぁぁぁぁ。×ぁぁぁぁぁぁ」


 マスターの顔をオルカブツはすげぇ鋭い目でにらみつけている。きっと、オルカブツはマスターの答え一つで本気で首に手をかけてしまうかもしれない。それだけは困るんだけどなぁ。何べんも言うようだけど、僕たちは人殺しをしたいわけじゃないからね。


「た、正しい。お、俺は、オルカブツの巣に、ひ、火を放って、それから……それから……」

「お前の雇った傭兵で皆殺しにしたと」


 マスターの首は縦に振られた。


「君ぃ、フられただけなのにすごいことをやったねぇ。なーんで皆殺しまで発展したんだぃぃぃ? 色々とぶっ飛びすぎだよ」

「あ、あぁ。俺もやりすぎたと思った。だ、だけど……。あの鳥は俺を馬鹿にしたんだ。人間ごときが軽々しく声をかけるな。って言ってよぉ。本当はわからせてやりたかったんだ。お前こそ、人間を馬鹿にするな、って。だ、だって酷いだろ。俺は本当にあの鳥に魅了されたんだ。あの鳥が俺の近くで歌ってくれたらどんだけ幸せか。ずーっとずーっと夢見て……。夢をみていたんだ。なのに……。なのに」


 マスターの年齢から考えると、相当昔のことなんだろうなぁ。本気でオルカブツの妹に恋をしていだのはわかる。僕たちはオルカブツの酒臭い息とだみ声の鳴き声しか知らないが、きっとオルカブツの声はさぞかし美しい声だったのだろう。鈴虫の声を持つゴキブリのような。


「オルカブツと俺たち人間の寿命は違う。俺たちが二回死んでもオルカブツは生きている。俺がオルカブツの巣に行けば、絶対アイツに会う。冒険者としてオルカブツの巣を素通りにすることなんてできない。あの道は俺が知っている裏道。他の奴に譲りたくない」


 あー。冒険者もRリアルTタイムAアタックみたいな生活しているのか。そりゃぁ、そういうRTAにかかわるような裏道を知っていたら独占したくなる気持ちはわかる。


「本当は、俺をフった自責の念で自殺しないかな?ってそうすれば、俺もあの道を通れるし、フられた。って自責の念から解放される。けれど、アイツはいっつも森の中で良い声で歌っている。自殺する気配がない。あぁ、もう本当にあの鳥は目障りだ。俺の気持ちも考えずのうのうと生きているなんて……。なんてひどい奴なんだ。って思ったんだ」


 いや、お前の理論のほうがやべぇよ。なんで自分の邪魔だから自殺しろになるんだよ。おかしいだろ。自分の手を汚さずに他人の命を踏みにじろうってか? 本当に酷いのはてめぇだよ。


「だから、オルカブツの巣に火を放って、皆殺しにした」


 マスターは首を縦に振った。


「オルカブツの巣に火を放っても、あるものだけが回収できなかった」

「それが、あんたが書いた恋文」

「そうだ……。アレがある限り、俺はオルカブツとの関係を断つことができない。だから、なんとしてでも回収したかった」


 あー。なんだかガックシだよ。妖鳥オルカブツ討伐。それって、鳥のオルカブツの討伐じゃなくて、コイツがオルカブツの妹に宛てた恋文の回収だったのか。人間を惑わせた鳥。っつーのは、確かに妖鳥だ。まさしく、ってこった。


 僕たちは呆れかえった。それでもボブはマスターの言葉を一言一句書き漏らさずに認めて、ご丁寧に自分のズボンにねじりこんだ。


「なぁ、マスター。一つ聞いていいか?」

「なんだね」

「なんで、あんたは僕たちに任務を依頼したのさ」

「決まってるだろ? お前たちは魔王を倒す異世界人かもしれねぇ。でも、俺たちに技術を与えるような異世界人でもない。お前たちみたいな異世界人が死んだところで誰も悲しむことはない」


 その言葉の後、肉をつ音が聞こえた。オルカブツが万力の力を込めてマスターの頬を殴った音だった。


「予想外だ。あんたがオルカブツと手を組んで帰ってくるなんて」


 そして、彼はオルカブツを見た。


「お前さえいなければ……。なんで死んでくれなかったんだ。俺たちに殺されてくれなかったんだ」


 マスターはオルカブツへ言葉を送った。オルカブツの足元が透けていく。たかちーのデジカムソウル・バインドの効果が切れたのだ。オルカブツが聞くにはむごすぎる言葉だった。オルカブツは身内を殺され、挙句の果てにこの言葉か? いくらなんでも酷いだろ。納得いかねぇよ。僕は、オルカブツの名前を呼んだ。オルカブツが消えていく。ならば、最後に向ける言葉は、男らしくこうありたい。


「オルカブツ! 達者でな」


 オルカブツはどんな顔をしていたかよく見えなかった。だけど、親指を立てこっちにアピールする姿は、僕たちがみた憎めないオルカブツだったと思う。

 たかちーのデジカムからサラサラと虹色の砂が零れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る