オルカブツさんから仕事を受けた 1回目

「意外と早い帰りだったな」


 僕たちはオルカブツの洞窟で立ったまま作戦を立て、冒険者ギルドに戻ってきた。作戦と言える大それたもんでもない。失敗するだろうなぁ。まぁ失敗しても僕たちはこの世界には関係ないから別にノーダメージだけど。とか思っていたけれど不安なのは確かだった。

 でも、冒険者ギルドのカウンターの奥で、渋い顔をしているマスターを見て僕は確信した。もしかしたら、イけるかもしれない。ダイスは僕の話をギフトだと言うが、僕はあいつのいうギフトを信じない。僕が今から戦う相手にギフトとかいう能力を使って相手するのはもったいない気すらしている。


「おうよマスター。あんたの目は正しかったぜぇ。ちゃんとあんたの依頼どおりにオルカブツは討伐してきた」

「ほぉ、あのアザゼルでも討伐できなかったオルカブツをお前たちが討伐したというのはいささか信じがたい気もするがな」

「前評判っていうのは所詮前評判。下世話の極みなんだよ。んなもんに左右されるほどあんたの目は曇ってたんかい?」


 僕の挑発にマスターは鋭い視線で返した。いいねぇいいねぇ。そのいかにも減らず口を叩くなっていう威圧。僕、興奮してくるぜぇ。


「御託は良い。それで? オルカブツの遺骸はどこに置いてきた」

「おう。オルカブツの遺骸な。それは別の場所に用意しているさ。だが、絶対に見せない。あんたはその遺骸を見て絶対に口にする。『これはオルカブツではない。エンタルゥだ』ってな」

「何を。まだ見もせぬものに何故そのようなことを」

「そうさそうさぁ。あんたはまだ何も見ていない。見ていないから遺骸を『エンタルゥだ』って決めつける。だから見せねぇって言ってんだ」

「何をわけのわからんことを」


 マスターは僕たちはオルカブツを討伐していないと思い、話にならんと背中を向ける。良いぜ良いぜぇ。そこまでは計画通り。じゃぁ、今から味付けに取り掛かりますか。


「なぁ、マスター。僕たちの世界には『美女と野獣』っていう物語があるんだ。知ってか?」

「知らぬ。貴様らの世界に興味があるのは技術だけだ。物語などと言う飯のエサにもならんものなど興味ない」

「だろうなぁ。そんなオッサンに僕があらすじを説明してやるよ。むかしむかし、あるところに美しい娘さんがいたそうな。その娘は醜いバケモノの差し出されたそうだ。娘はバケモノの元から逃げ出すが、その娘っ子はバケモノに絆されていてな。結局バケモノのところへ戻って幸せなキスを物語は終わるんだよ」

「それが何の意味がある」

「おう、意味があるさ。この物語は美女は野獣に絆されて話が終わる。一方、美女に絆されなかった男についても描かれているんだ。ソイツはな、フられた腹いせに野獣を殺しにかかるんだ」


 マスターの顔がこちらを向いた。さっきまでの余裕はない。いいや、僕らはどこまで知っているのかって値踏みを始めてやがる。いいねぇいいねぇ。僕は知ってるぞ。いいや、僕たちは知っている。だけどまだだ。まだ本筋にはいかないぜ。


「なぁ、マスター。この話を聞いてどう思う?」

「作り話だろう?」

「あぁ。作り話だ。僕ぁ聞いてるのはこの物語の。フラれた男のやり口についてだ。僕ぁ、ダサイ。すごくダサイと思う。自分をフッた女の幸せを祈れないような。ましてや! 武力で女に復讐するような男はケツの穴が小さい。糞詰まりになるようなケツの狭さだ。そう思って生きていたんだがねぇ。この世界にはどうも、この美女と野獣の物語ソックリ。しかもフラれた男側の物語が存在している」


 僕はマスターに見せつけるようにオルカブツが持っていた紙の束を突き出した。


「ここに書かれているのは、とある男が若い女。女って言っても鳥だ。やれ、君は美しいやら、やれ、君はこの世の宝だ。とか、歯が浮くような言葉ばかり書き連ねられていてな、しまいには物騒な言葉で締められている。んんんん? この恋文を書いた人間はわからないのかなぁ? 人間と鳥の恋愛が成立するわけがない。言葉が通じないのに、何故思いは通じると思い上がってしまったのか」

「若気の至りだ。愛は言葉でなく空気で伝える。その若者はそう思っていたのだろ」

「そうだな。恋、っつーのは精神疾患とも言う奴もいるぐらいだ。多少の思い込み取り乱しは仕方ないとしても、命を切った、張ったってのは精神疾患よりそいつの根性がねじりまくっているんじゃねぇか。って僕は思うわけだ」


 僕はカウンターの上に紙の束を叩きつけた。マスターは紙の束に触れない。でも、こいつは触れたいはずだ。平静なふりをして口のはしは震えてやがる。カウンター下に隠している手だって震えているんだろう。よかったなぁ、マスター。そのカウンター、あんたの感情を隠してくれてよぉ。


「読んだのか? そのを」

「あぁ、読んださ。紙の中身をな」


 マスター、僕も同じさ。君が感情を隠しているのと同じように僕も感情を押し殺すので必死だ。体が震えないよう理性で制御するっていうのはなかなか難しいもんだぜ。


「クシマ、君は俺がこの手紙の主だと言いたげだが、何故そういうことを言う。この手紙とオルカブツに一体何の関係があるのかね?」

「関係、ねぇ。それはよくわかんねぇが、僕は、紙って言ってるもんがどうして手紙って言えるのかそれが気になりますねぇ」


 そう言うと、僕はカウンターの上においた紙を広げた。薄茶色の紙に文字が刻まれている。けれども、これらは僕たちが当てずっぽうに書いた崩し仮名。オルカブツから託された本物の手紙はボブ達に預けている。


「マスター、あんた、なんでこれが手紙だって思ったんだい?」

「それは、お前がそういう風に話を運んで行ったからだろう? 言葉のアヤだ」

「言葉のアヤ? 便利な言葉知ってんなぁ。何? 異世界人から教えてもらったのかい? たとえ言葉のアヤだがなんだか関係ねぇが、あんたが妖鳥オルカブツ と言って血眼になって殺したがっていた正体はようやく合点が言ったさ」


 僕は手をあげる。

 冒険者ギルドに現れたのはたかちーだ。たかちーの肩にはダイスが乗っていた。


「玖島、いいんだね」

「あいよ。とっとと片付けちまおうぜ」


 玖島は空いている適当な場所に向かってデジカムのレンズを向けた。親指が電源ボタンに触れる。その瞬間、カメラのレンズから虹色の光が現れ、光の中から丸々としてオルカブツが現れた。

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