ごめんなさい、オルカブツさん。僕たち逃げます 1回目

「なぁなぁなあー? ひーとーつ聞いて良いかぁい?」


 緊迫している空気の中、バカみたいにゆったりとした声でハルトに声をかけたバカがいる。ボブだ。あいつ、こんな時でもヘラヘラって笑ってるいやがる。


「な、なんだよ。デブ」

「ンブゥフッフゥゥッ。なぁなぁなあ、君ぃ、陰キャ陽キャとか言われているけれどぉ、実は君ってぇ、いじめられっ子だったんじゃないのかぁぁい?」


 ボブの笑顔がすげぇ厭味ったらしい。面白いとか興味があるとかいう笑顔じゃなくてすげぇ人を馬鹿にしている、小ばかにしている顔なんだ。俗にいうゲス顔。


「うんうんうん。まぁ君みたいな人間はぁ、自分がいじめられっ子って認めることはないよねぇ。うん。ないはずだ。だから、君はずぇぇぇったい自分のことをいじめられっ子っては言わない」

「それじゃぁ、お前が俺に質問する意味がないじゃないか。一体、何が言いたいのか――」

「違うよ違うよ違うよおぉ。ぼくはねぇ、君に質問してるんじゃないのぉぉ。僕は、君の反応を見て、君の性格ってやつを見てるんだぁ」


 僕もミヤもボブの圧に後ずさりをしてしまう。ボブは横に広いからそりゃぁ圧はあるさ。でも、このボブの圧は肉体的な圧じゃなくて本当に存在感。人をクッチャクッチャと音を立てて食べてしまうような汚い威圧感があった。


「なぁ、お前。玖島を殺したいんだろう?」

「……」

「じゃぁ、殺してみろよ。殺したいんだろう?  なら、口に出す前に殺してしまえよ。簡単に殺せるよ。意表をつくことが大切なんだ。それなのにどうして殺せていないの? なんで、ぼくと話している間、彼を殺さないのかい?  ついでだ。どうしてぼくを殺さないの?ぼくは、君の嫌いな陽キャってやつさ」


 ハルトの手はボブには向かない。ずーっと僕のほうを向いている。


「それともなんだぁい? 君は自分が殺せるって思ったやつしか殺さないのかい? 玖島は馬鹿だからねぇ。殺せるって思うのは仕方ないよぉ」


 悪かったな。馬鹿で。


「うんうん。でもねぇ、ぼくは君なんかより玖島と仲良くしたいなぁ。だって、君ぃ、隠キャだしぃ、大したこと無い人間だもぉん。ぼくはねぇ、君が大したことのない人間だなぁって思うのには理由があるんだ。君ぃ、異世界人だろう? ぼくたちの住んでいた世界は人殺しはご法度だ。君はぼくたちと同じ黄色人種黄色い猿だろぉ? 黄色人種黄色い猿が生きている世界で一般庶民に対して人殺しが日常・合法的に許されている国って存在してたかなぁ?」

「……」

「君の反応からするとぉ、君はもといた世界では人殺しなんかしてなかったはずだ。おかしいよねぇ。人殺しが許されていない世界にいたのに、どぉして異世界にきたら人殺しができるんだい?」

「か、関係ないだろ?」

「いいや、関係あるよ。殺したことがないのになぜ殺しをしようとするのか。一つ。前の世界では殺す度胸もなかった。でも、この世界に来てチヤホヤされてなんでもできるって勘違いしちゃってさ、その延長線で殺しもできるって勘違いしたのかな? うんうんうん。なら、殺してみなよ。君に度胸があるなら殺せられるよ。そしたらぼくの考えは間違っている。君はいじめっ子でもなんでもない。でも、現実は違う。君は、ぼくも殺せず玖島も殺せない。と、いーうーこーとーは?」


 ボブはニヤニヤと笑ってハルトを嘲笑う。


「君ってぇ、やっぱり大した人間じゃ無いんだぁね」


 あの嘲笑い方は、ヒトの揚げ足を待っている顔。人が嫌だと言ってもずーっと揚げ足をダシに人を恫喝していく。人の苦しみとか悲しみとか絶対に顧みることはない。


「殺せないのぉ? 人を殺す殺すとか言って殺せないのぉ? やるって言ったことができないのぉ? できなくてどうするのぉ? みんなにがんばれっ! がんばれっ! って言われないと何もできないんでちゅかー? んんん?」


 ボブの言葉にハルトは切れた。ハルトは剣をふるいこっちへ突進してくる。ミヤは庇ってくれるけど、このままだとミヤが危ない! 逃げなきゃ。この森の中、隠れるところがたくさんある。とりあえず、逃げなきゃ。ってハルトに背を向けると、こっちにカメラを向けていた、たかちーが通せんぼしていた。しかも、こいつ、ファインダーから目を離すそぶりはない。


「馬鹿! 何してんだよぉぉぉ! どけよ、たかちー!」

「何言ってんだ玖島! 殺人シーンだろ! すげぇじゃねぇか。なかなか撮れない画だから、斬られてよ。玖島」


 バカ野郎! 本当にコイツ何言ってんだ? お前の画のためになんで僕が痛い目をみないといけねぇんだよ。いい加減にしろよ。僕の涙の意味を知れよ。たかちー!


「たかちー、落ち着け。斬られるのは玖島じゃない。ああああ。もう、玖島はどうでもいい。先に斬られるのは俺なんだ! 俺は勘弁しれくれよ」


 ミヤ、てめぇも僕を売るのか。自分の保身ばっかり考えてよおおお。なんなんだよお前ら。

 人の怒りに油を注いで、やれ殺されるってなったら「お前殺されろ」とかなんで平気で言えるわけ?  君たち人間だろ?  友人を平気で見殺しにするってどういう神経をしてるんだい?  僕には全く理解ができないよ。っつーか、起きろよダイス。僕は怒りでお前をつぶすぞ。

 僕の気持ちなんて誰も理解しない。たかちーは僕やミヤの抗議なんか気にすることなく、デジカムの電源を入れやがった。




 一瞬、世界が真っ白になった。まぶしいと思った矢先、ハルトの前に現れたのはヨクルトの町の前で出会ったゴリラのバケモノゴリリラだった。みんな、足を止めて突如として現れたゴリリラに目が釘付けになっている。


「な、なによ。うぇえええええええ!」


 ダイスが目を覚ました。ダイスの目にもあのゴリリラの姿が映っている。


「な、な、なんでゴリリラがいるの?」

「知らねぇよ。なんかブワアアアって真っ白になったぁ。って思ったらアレがいたんだよ」


 ダイスは僕の手から抜け出すとミヤの肩に座った。


「なんだよなんだよ。殺人シーンからバケモノの特撮シーン? すげぇ。これは映像のコース料理だ!」


 たかちーはファインダーから顔を外してバケモノを見上げた。


「あー。玖島が斬りつけられるシーンは見たいけれど、コイツとオルカブツの異種格闘戦も見てみたい。でも、カメラは一つしかない。どっちかに絞ってもらわないと困るなぁ」


 うーん。うーん。と悩むたかちー。だから、お前も逃げなさいって。何そこで悩んでるの。良い画を撮りたいからってハルトから斬りつけられて死んだら終わりでしょ。

 

「たかちー! 良いから逃げるぞ」

「うぇ? あっ、ちょっと待ってよおおお」

「待てない!」

「なんで、うわああああああ」


 モタモタするたかちーを抱え上げたのはボブだった。鼻息荒く、その場から逃げ出した。


「待て!」


 ばーか。待てって言って誰が待つもんか。僕たちは自分達が一番大切なんだよ。僕たちはこんなところに一分も長く入れるか! ってな具合でとっとと逃げ出した。

 幸いなことに突如として現れたゴリリラがハルトの前に立ちふさがってくれた。サンキュー。ゴリリラ。あとは頼んだぜぇ。

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