ごめんなさい、オルカブツさん。僕たち逃げきれませんでした

 僕たちは、ハルト達のいた場所に戻ってきた。正確には、ハルトと対峙したのは僕ではなく、たかちー、とダイスだ。


「お前、さっきの陽キャのパーティーにいた奴じゃねぇか?」


 ハルトがたかちーに声をかけた。たかちーの隣にはダイスがいる。


「アザゼルのリーダー ハルト。ナンム様付きの妖精として一度警告するわ。この世界では無用な殺しは禁止されています。この世界は不幸な死を迎えた異世界人の魂を慰めることはしても、横暴な行動まで許す世界じゃありません」

「横暴? 陽キャが陰キャを虐げているんだ。それに抵抗して何が悪い」

「……。言葉がわからない? 私も貴方が何を言っているかよくわからないけれど、貴方がクシマ達を襲う理由に正当性はない。それだけははっきりしている。だから、剣を収めなさい」

「断る」


 ハルトは即答だった。ハルトはたかちーを殺しにかかろうと襲い掛かる。僕は、たかちーとダイス達の近くの草むらに身を隠して息を殺す。ハルトはは僕を殺すことにご執心だ。僕たちが考えた計画では、今、僕が出てきたらいけない。ハルトをこの場から引きずり下ろすにはどうしても、たかちーをハルトにぶつけるしかない。


「ゴリリラ! 命令だ。俺を守れ!」


 たかちーの声があたりに響く。あのゴリラみたいなバケモノ。 ゴリリラはたかちーの声を聴くと颯爽とたかちーの前に現れてハルトの剣を素手で握りしめた。

 ミシミシと金属がしなる音がする。剣が壊れれば多分直接的な攻撃は出来ない。でも、問題はここからだ。あの女神が与えるギフトは基本的に人間に付与されるもの。ハルトは何のギフトが与えられているか全くわからない。


「ちくしょう」


 ハルトの剣は折れてゴリリラに吹っ飛ばされた。それこそ、バトル漫画みたいにいくつもの木をバッキバキに折って飛ばされていく。

 ゴリリラはハルトがいなくなったと思い、足元から姿を消していく。そして、サラサラと虹色の砂がたかちーの足元に広がった。慌ててminiDVを取り出そうとしていたけれど、そこにはminiDVは無かった。


「消えてる」

「何が?」

「miniDV」


 たかちーはキョロキョロとあたりを見渡す。もちろん落としてない。僕は落ちていないと手でジェスチャーをするとたかちーはちょっと困った顔をしていた。

 でもいいでしょ? あんたのバッグの中にはたくさんのminiDVが入っていること僕は知っているから。うちの部費の大半をそれにつぎ込んだことも知ってるんだからね。

 木が折れていく音を聞いて大丈夫だろう。と思って僕は飛び出そうと思ったけれど、たかちーとダイスは僕の動きを制した。いや、タカチーは僕の咽喉仏に手刀を叩きこんだ。何してくれるんだよ。この人は。


「は? なんなんだよ――ってうぉぉい!」


 僕が驚くのも仕方ない。だって、今さっき僕の顔の横を、折れた木の幹が吹っ飛んできたんだよ。たかちー達が僕を止めなきゃどうなってたか本当にわからない。


「くそっ」


 ハルトは次々と木をなぎ倒してこっちに向かってくる。


「嘘……。傷一つついていない」


 ダイスは驚いた声を上げている。


「ナンム様、防御のギフトを与えたの? それとも怪力のギフト? 怪力のギフトだったら剣に頼らなくて良いし。でも、彼が傷一つついていない理由がわからない」

「君、本当に妖精か? ギフトも見抜けないようじゃ大した妖精じゃないな。それこそ、魔王退治ができない腰抜けに持ってこいの妖精だ」

「あっ!」


 たかちーは素っ頓狂な声を上げて、カメラをかばいだした。


「俺、アイツのギフトが分かった」

「え?」

「アイツ、言っただろ? 自分は陰キャ。陽キャに搾取されている、って言っただろ? ナンムが俺たちに与えているギフトなその人の性格に寄せている。だったら、あのねちっこいハルトの性格だ。奪われたものを奪い返す気概ぐらい持ってる。そこからナンムが与えるギフトとして考えられるのは『』じゃねぇか?」


 たかちーの考えを誰も否定しなかった。それこそハルトはたかちーの答えが当たっているって言いたいばかりに高笑いしている。

 え、ってことは、今さっきのバカみたいな怪力も、体の頑丈も、もともとは誰かのギフトであって。じゃぁ、ギフトを取られた人間ってどうなるんだよ。


「陽キャのクセに頭回るんだな」

「俺、陽キャじゃねぇし」


 うん。たかちーは陽キャじゃない。僕たちとつるんでいるから陽キャって一括りにされるけど陽キャじゃない。影が薄いんだよ。


「あんたのギフト、なんだかわからねぇけど面白いなぁ。一体、そのギフト――」


 たかちーは一瞬逃げるそぶりを見せた。でも、たかちーが逃げてしまうと僕がここに隠れていることがばれてしまう。ハルトと僕がかちあわせてしまったら、ハルトは僕を殺しにかかる。たかちーが逃げない理由はわからないけれど、多分、そういうことなんだと思う。


「寄るなよ。これ以上寄ると、お前と撮るぞ」


 たかちーの手がバッグに伸びる。もっと近寄れば、彼はminiDVをすぐに取り出してそれこそソウル・バインド? を発動させるさ。でも、それをしたらどうなる。一度だけ自分の思い通りになるけれど、役目を終えたらさっきみたいにハルトは虹色の砂に変わってしまう。たかちーはわかってる。ハルトを撮ること=ハルトを殺す。


「タカチホ、あんた……」

「ダイス、ミヤとボブをすぐに呼んで来い。あいつらオルカブツを探しに行ってるんだろ?」

「で、でも……」

「俺は大丈夫だから。俺は――」

「たかちー、それは許さーん!」


 僕は嫌だ。たかちーに人殺しみたいなことをさせることも、ミヤとボブは必死にオルカブツを探しているのにそれを邪魔するのも。みんな自分の仕事に勤しんでいる。僕の仕事はハルトをミヤとボブ達から引きはがす最後のエサなんだ。だから、僕の仕事は今しかない。たかちーからハルトを引きはがす。


「玖島、やっぱりいたんだ」

「そうだ! 僕がぁ玖島だ。みんなから好かれるアイドルだ。なんだい? 僕のコイヌちゃんになるんだったら今がチャンスだ。ファンクラブの登録費 事務手続き関係は無料にしてやってもよいぞ!」

「何を戯言を」


 ハルトが不気味な動きを始めた。そうだ。アイツは他人のギフトを強奪する。例え剣がなくたって僕たちの知らないギフトを沢山持っているんだ。何がくるかわからない。だけど、僕はひかないぞ。僕が引いてしまったら、たかちーのギフトも、ミヤとボブの努力が全て無駄になる。

 僕は覚悟を決め、コイツを殴ろうと思った矢先だった。


「ドスコーイ!」


 僕たちのかなた後ろから黒い弾丸が飛んできた。弾丸は女性の胸をわしづかみにし何度も「どすこーい」「どすこーい」って叫んでいる。


「やめてー! ちょっと、胸もむのやめてよおおお」


 弾丸は女性とハルトを巻き添えにして激突した。


「いたたたた」


 ハルトに覆いかぶさった女性は、自分のお尻にハルトがいることに気づくと「ごめん! ハルト!」と慌てて声をかけている。羨ましい。あんなかわいいお姉ちゃんが自分の胸の上に乗っているなんて実にけしからん。


「エルウィン、一体何が……」

「わからないの。私、オルカブツを仕留めかけていたの。あとはオルカブツの首を掻っ切ればって思って馬乗りになった瞬間、目が血走ってね……」


 あ、ぼくわかったかも。こいつ、女の人が自分の上に乗っているってわかっただけで全てが爆発したんだ。


「そうか、それなら仕方ない。俺がオルカブツも、玖島も――」


 そうやって握りこぶしを作るハルトを見てかわいいお姉ちゃん エルウィンは慌ててハルトの腕を握った。


「ダメよハルト! こんなところで貴方のギフトを使わないで! あなたのギフトはもっと大切なところで使う、って私と約束したじゃない」


 ハルトとエルウィンの仲睦まじい様子を見てオルカブツは「どすこーい」と唸り声をあげている。本当に目が血走っている。

 ハルトはエルウィンの説得に折れて僕たちに背中を向けた。


「名もなき異世界人よ」


 僕たちから離れるハルトとは対照的にエルウィンはとても厳しい顔をして僕たちに向かって話しかけた。


「我がパーティーのリーダー ハルトはオルカブツ討伐の名誉をお前たちに譲ることを決めた。お前たちが、あの冒険者ギルドで言ったように実力のある者であれば妖鳥オルカブツを討伐することができるだろう」

「はぁ? ちょっと待てよ。オルカブツはどうでも良いけれど僕ぁハルトに殺されかけたんだぜぇ。僕だけじゃない。たかちーだってダイスだって。いろんな奴が巻き込まれたんだ。そこは謝罪の一つがあってもいいんじゃねぇのか? どーしてもハルトが謝らないってんならい訴えてやるぞ!」

「何を言うかと思えば……。この世界は弱肉強食。ハルトの頭を下げさせたければ実力で下げさせろ」

「んだとぉ。言わせておけば」

「やめなよクシマ。相手は有名パーティーアザゼル。おまけにハルトのギフトはギフト強奪。何にもない私たちが食って掛かったところで負けるのが必然よ」


 たかちーも同じようなことを言った。僕たちが何も言い返せない事でエルウィンは背中を向けて僕たちから去っていった。

 僕たちはハルトを退けることができた。でも、大切な勝負には負けた。それだけはよくわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る