幕間

幕間

馬車に乗ってどれだけの時間が経ったんだろう。

 太陽が上がったのか沈んだのか、そういう感覚すらなくなっている。この世界の一日ってなんだったっけ? とかそういうことを考えている。

 要するに、僕は最高に暇。

 とてつもなく暇。

 暇だから、仕方なく寝よう。と果敢に挑戦してみても板張りの荷台部分は振動をダイレクトに伝えてきやがる。正直眠れない。

 寝れたー。と思ってもボブが描いている地図を覗き込むと小指の先っちょほども進んでいない。

 距離感覚も時間の感覚もよくわからない。

 あぁ、よくわからないと言えばこの世界の人間の倫理観とか恥じらいとか。そういうことも一切わからない。


 僕たちの他に同乗者は3名いる。一人はおばさん。もう一人は中年の禿げ上がったクソジジイ。

 そのクソジジイが最悪でなぁ。時々屁をコくんだ。それがくせぇのなんの。本当は実が出ているんじゃねぇか? って言いたくなるぐらいに臭ぇ。

 漫画で見るあの黄色の煙。あのまんまなんだよ。最悪だよ。

 あぁ。屁だけで済むならかわいいもんだ。

 問題は、用を足すときだ。


 言っておくけれど、このリッテ行きの馬車は客席っていうのが板張りの荷台部分だけ。トイレも何も用意されていない。

 万が一、催した場合どうするかって?

 ごらんなさい。荷台の出入り口部分。 とても開放的でしょう。

 出入り口部分のところに取っ手があるじゃないですか。

 うん。賢明な方ならわかりましたよね。

 そうです。男も女もジジイもババアもガキも関係ねぇ。みんな尻を丸出しにして用を足すんだ。

 もう一つ言うと、外に向いて用を足したら小。こっちをむいたら大。

 もう、わけがわからないよ。

 なんでこいつら自分の尻を無防備にさらけ出せるんだよ。意味がわかんねぇよ。しかも、スッキリした顔で戻ってくるからたまったもんじゃねぇ。

 出入り口部分で地図を必死に書いているボブなんか、最初にジジイが用を足しだした時すげぇ引いていたぞ。「なんなんだぁ? コイツ」みたいな反応だったじゃねぇか。

 

「なぁ、ダイス。この世界の奴らの衛生観念ってどうなってるんだよ」

「どうって、何がよ」

「だーかーら。なんでこいつら普通に道に向かって尻を出せるんだよ。わけわかんねぇよ。恥ずかしくないのかよ」

「え? 尻出さなきゃ用が足せないでしょ? 何言ってんの? あんた」


 だめだ。このクソ妖精もやっぱりこの世界の人間だ。尻を丸出しにして用を足すことについて疑念も何もねぇ。


「むしろ、絶好のチャンスよ。男の人の無防備な顔を見れるって。私、たまんない!」


 本気でコイツ喜んでやがる。クソ変態妖精じゃねぇか。

 

 色々とあるけれど、僕は限界だった。

 屁を盛大にこくオッサン。

 鼻くそをほじくって尻をかくババア。

 幸せな壺とか言って壺を売りつけてくるうさんくせぇ奴。

 痛み出す痔。

 何も変わらない緑色の風景。

 変化のない蹄の音。

 潰しようのない暇。

 それはまさしく、暴力だった。 


「んなああああああああああああああ」


 僕はオッサンたち尻を向けて猿のようにケツを叩き出した。


「く、く、クシマ?」

「ギャメギャメギャメギャメギャアアアアンギャギャギャギャギャギャ」


 うん。実はよく覚えていない。

 僕は途中で壊れてしまった。きっと、この時間・暇という暴力が僕の精神をぶん殴り粉々にしたとしか言えない。


「ギュルギュルギュルギュリル。あばばばばばばばば」


 尻を叩き、わけのわからないことを言い出す僕を見て、ミヤとタカチーはびっくりして僕を抑えつけたらしい。

 らしい。っていうのも、ほかのみんなから聞いただけの話なんだ。


「た、タカチー! 玖島の手を止めろ。尻叩くのやめさせろ!」

「わ、わ、わ、わかってるよ!く、クッシー。ど、ど、ど、どうしたんだよ!クッシー? 落ち着けってばあああ。ボーブウウウウ。大変だ。玖島があああああ」


 泣き叫ぶミヤとタカチー。発狂する僕。もくもくと地図を描き続けるボブ。

 リッテの町について思ったさ。


 もう、馬車に乗らない。

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トンネルを抜けたらヤクザ女神のいるクズ異世界に飛ばされた〜周囲から無能呼ばわりされるのでクズ集団だけど、ダイスを投げてこの世界から脱出します〜  はち @azukinako

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