妖精 いかがですか?

「あああああああああああああああ! お、おちるううううううううううう」


 原初の女神ナンムの部屋から放り出された僕たちは空中にいた。クールフェイスのミヤは泣いている。ボブは腹の肉を震わせている。たかちーはデジカムを必死に守っている。僕はというと、なんでだろう。股間がとても生温かいんだ。


「こんにちは。あなたがナンム様が私に遣わした異世界人?」


 泣く僕たちの前にフヨフヨと女の顔をしたウスバカゲロウが現れた。


「私は旅の妖精 ダイス。終わりの女神アルラトゥ様のナビゲートをナンム様から託されたの。よろしくね」

「し、知るかあああ」

「早速だけど、モノは試し。私を空に向かって振ってみて。きっと良いことがあるわ」


 そういうと、ダイスはサイコロに姿を変えて僕の手に収まった。


「えぇぇい! ままよおおお」


 僕は叫び、サイコロを天高く放り投げた。サイコロはクルクルと周り、僕の手の中に納まった。出た目は「6」


「6、ね。分かったわ」


 ダイスはサイコロから妖精の姿に変わると、小さな指を天に掲げた。そして、次の瞬間、僕たちは低木の上にしがみついていた。


「た、助かったぁぁぁぁ」


 へなへなと腰を抜かす僕たち。それに呆れかえっているのが妖精ダイスだ。


「あんたたちのことはナンム様から聞いているけど。本当にダメ人間ね」

「馬鹿野郎。人のケツをいきなりシバキあげて恫喝して普通でいられる理性がおかしいって」

「空中に放り出されたぐらいで泣いて。おまけに魔王を倒さないんでしょう?」

「ったりめーだ」

「珍しい。この世界にやってきたほとんどの異世界人は魔王を倒すことを選ぶわ。なのに、アルラトゥ様に会いたいだたなんて。ま、私もお仕事になるから別に良いけど」


 いや、考えてごらんなさい。この国、僕たちはね、この世界を守る義理ってないの。別に僕らはこの世界に来たくて来たわけじゃない。勝手にこの世界が僕たちを巻き込んできたんだ。だから、魔王は倒さない。

 うん。現実世界だったら訴えるよ。この世界にそういう機関があるなら僕はすぐにでもあのゴリラ女神ナンムと、魔王とやらを訴える。僕らは勝つぞ。弁護士ドリームチーム ドリームナインを作って勝ってやるんだ。


「良かったわね。出た目が6で。ちなみに6は低木につかまる。っていう目だったの」

「あぁそうかい。ってかなんなんだよ。あのヤクザぁ。僕らが魔王を倒さないって言っただけで僕たちのケツをしばきあげて空似放り出すなんて」

「それが魔王をたおさない。って選択をした者の目よ」

「あぁそうかい。そうかい。それじゃぁ、魔王を倒すって言ったらどうなるんだよ」

「決まってるわ。あんたたち、ヨクルトの町にいたわ。

「よ、ヨクルト?」

「えぇ。異世界からやってきた人は必ずヨクルトの町を通らなければならない。この世界で生きていくためには必要なことがぜーんぶヨクルトの町に詰まってるの」


 僕らはゆっくりと木から降りた。


「ヨクルトの町ってここから近いのかい?」

「えぇ。近いわ。そこらへんはナンム様だって調整してここに出したはずよ。多少歩けば――」


 僕らが歩き出すと、待っていましたとばかりに木がバリバリバリーと倒れる音がした。慌てて振り返ると、そこには僕らの背丈を優に超える猿の顔をしたゴリラがいた。


「ひんぎゃああああああああああああああ」

「あぁっ! 珍しい。牙獣 ゴリリラよ」


 知るかぁ! バケモンだろ。ありゃぁ。もう、逃げるが一番。

 サルの顔でゴリラの体だよ。ヤベーもんに決まってる。いや、あのゴリラ僕らが空中から落ちてくるのを見て降りてくるのを待っていたんだ。

 僕らは初心者異世界人ってやつらだろ? 騙すなら初心者が一番。何も知らないヤツをだますのが一番効率が良いって僕らも知ってる。あぁ。もう違う。騙すとかそういうレベルじゃない。あのゴリラは笑っていた。なんで笑ってるのかって? そりゃぁ、馬鹿が振ってくれば遊ぶのに一興。遊ぶって? 決まってる。いたぶって僕らを殺すに決まってるじゃないか。

 お約束だろう? 僕の虹を描く股間がそう教えてくれた。


「ちょ、ちょっとあんた達、何逃げてるのよ! 戦いなさいよ。異世界人でしょう?」

「た、戦うって何なんさ。俺たちは何もない普通の一般人だって!」

「そ、そうだよぉ。ぼ、僕たちは……。で、デブに走らせるとか間接的殺人だよぉ、これぇぇぇ」

「何言ってるのよ。ナンム様はこの世界にやってきた異世界人には、反則級の能力ギフトを与えてくれるのよ。あんた達もその能力をいただいているはずよ」


 あのヤクザから頂いたのは脅迫と威圧だけだ。能力ギフトだなんて説明一つもらっていない。


「あ、そーだ!」

「なっ、なんなんだよ、たかちー!」


 たかちーはデジカムを取り出してゴリリラに向けた。


「これ、ビデオに残して元の世界に戻ったら高く売れね? ●宝とか●映とか、●谷プロとか」


 バカ野郎! それは戻ってからの話だって。


「た、たかちー、そ、それはなあああ」


 たかちーはワガママだ。すぐすぐ。今今とせっかちな性格だ。僕の声を聴いてない。彼はデジカムで映像を取るのが死ぬほど大好きな男だ。

 レンズをゴリラに向けた。彼が電源ボタンを押すと、あたりはまばゆい光が放たれた。


「うぉっ。まぶしっ!」


 光は赤 青 黄色 三本の太い線となりゴリリラを取り囲むとレンズに吸い込まれるように姿を消した。


「あ、あれ?」


 ゴリリラが突然いなくなったことに驚いた。一体、何があったんだろう。


「た、たかちー、え、映像を押さえたかい?」


 ボブの問に、たかちーは曖昧に「うぅん?」と返す。しきりにデジカムの電源ボタンを押したがうんともすんとも言わない。


「一体全体、何が何やら……」


 ぼやくボブの耳をダイズが引っ張った。


「ねぇ、みんな見て!」


 ダイズは小さな指をさしある方角をさす。そこに見えるのは大きな壁。


「あれが、ヨクルトの町かい?」

「そうよ! あれがヨクルトの町。あなた達、異世界人の始まりの町よ」 


 ダイズはボブの耳を引っ張り僕たちを先導していく。


 かくして僕たちの旅はここから始まる。

 想像することのできない波乱万丈 自律神経崩壊 生き地獄の旅であった。

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