第十章 魔王の洞窟への入り口
翌朝、カーロは目を覚ましたイナに昨夜の経緯を説明していた。ぼくが見張りもせずに腹を出してぐうぐう寝入っていたのを怒っているようだったけれど、ぼくを怪我させた負い目があったのか、あまり強くは言わなかった。カーロは、ぼくそっくりの人間に背後から襲われたと言う。そのロイの偽者に、昨日までカーロとイナが探していた魔王の洞窟への入り口を見つけたと言われたらしい。
「ハッタリだと思った。何せ、俺とイナを殺してしまえば、ロイはとっとと逃げられるんだからな」
イナは目を丸くしてぼくを振り返る。ぼくはびくっと体を震わせたけれど、疑われたわけではないようだった。
「結局、俺を襲ったのが誰だったのかは分からない。でも一応、その地点は確認しに行こうと思う」
「カーロ、その傷、ポーションだけでは治らないわ。ロイの記憶のこともあるし、やっぱり村に戻りましょう」
「いい、そんなの。時間の無駄だ」
一通り説明を終えると、カーロはさっさと出かけてしまった。取り残されたぼくたちは顔を見合わせる。
「ロイ……痛々しいわね、その傷。大丈夫?」
昨夜のカーロにやられた傷は、止血をしてから例のポーションを数滴垂らしてもらった。それでとりあえず傷はふさがった。ひどい傷跡は残ってしまったけれど。
しかし、予想した筋肉痛には襲われなかった。十八歳の体だと、年取った人みたいに三日後とかに来たりするのだろうか。
「カーロについてってくれない? あれじゃ心配だわ」
「……ぼくなんか、頼りにならないよ」
「そんなことないわよ。さあ、昼ご飯は準備しておくから」
半ば追い出される格好で、ぼくは剣を手に野営地を後にした。カーロにならすぐに追い付いた。やっぱり腹の傷に障るのか、あまり早く歩けないみたいだ。
「イナさんについて行けって言われて」
「ロイに手伝ってもらうほど、落ちぶれちゃいないけどな」
カーロは舌打ちをして、ちょっと笑った。
「お前は、まだ何も思い出さないんだな?」
「うん……昨日イナさんには言ったんだけど、覚えているのは、森の中で剣を拾ったところだけなんだ」
カーロはそれで目を細めたけれど、何も言わなかった。
「どこに向かってるの?」
「そこだ。――まさか」
カーロは足を止めて、前方を見た。何もない、草原に見える。カーロはちょっと駆けて、その場にしゃがんだ。
「おい、ロイ、お前の剣」
「何?」
「でまかせかと思ったが……どうやら本物だったみたいだ。でも恐らく結界が張られてる。お前の剣で壊してみろ」
ぼくはきょとんとしてカーロを見たが、カーロはぼくを顎でしゃくっただけだ。それで、ぼくは言われた通りに、思い切り剣を叩きつけた。
それは、まるでスローモーションカメラを見ているようだった。手にガラスの花瓶を持って、落として、がしゃん。ひびが入ったかと思ったら、ゆっくりと割れる。とてつもない音と共に。
ぼくはびっくりして、剣を取り落とした。カーロもぱっと耳を塞いだ。結界が壊された反動なのか、衝撃波が四方に飛んでぼくもカーロも吹っ飛ばされた。
「……当たりだ」
さっと立ち上がったカーロが言う。ぼくはごろごろ、遠くまで飛ばされてしまったが、停止したところでようやく体を起こした。
「イナを呼びに戻ろう。いよいよ、決戦だ」
「う、うん、分かった」
ぼくは剣を鞘に収めて、カーロについて野営地へと戻った。イナはいつものように、ことことスープを煮ている。
「イナ、見つけたぞ、入り口」
イナは信じられないというふうに首を振った。
「何ヶ月も探し回ったのに。何でそんなに簡単に見つかっちゃうのよ」
イナは鍋を火から下ろし、カーロは焚火の前に座った。ぼくもカーロに倣って、腰を下ろす。そして尋ねた。
「聞いてなかったけれど、魔王って、どんなやつ?」
「……諸悪の根源よ。魔物がのさばっていられるのも魔王のおかげだし、大多数の疾病や流行病、飢饉なんかも魔王の仕業だわ」
イナに続いて、カーロも付け加える。
「魔王の姿は誰も見たことがない。今まで誰も討伐に行かなかったとも、行った者たちは全て帰って来なかったとも言われている。魔王は地下奥深くに住んでいて、その呼び名はさまざまだ。地獄、混沌、悪魔、死神、魔王……」
「そ、そうなんだ……」
聞いてみたけれど、よく分からない。とりあえず、すごく悪そうなやつだ。それに悪魔について述べた時の二人の表情。顕著なのはイナの方だったけれど、憎しみが見て取れた。ぼくは頷いたまま、下を向いた。
「そういえば、ロイ、だんだんと喋るようになってきたじゃない」
「え……そう?」
「物腰がはっきりして来た感じだな。体力も戻ってきているみたいだし」
「あ……」
言われてみれば、確かにそうだった。昨日はキメラと戦っただけですっかり疲弊してしまったぼくも、今日は何とも思わずに、何キロもある剣を持ってカーロと一緒に歩き回って来たのだ。
「やっぱり混乱していただけじゃないのか、昨日は」
「そうかも……知れないけど」
ぼくは答えながら、思った。でも、ぼくはロイじゃない。ロイじゃないんだ――本当は黒井隆広なんだ。
体はこちらの世界に順応していっているようだけれど、頭の方はそうはいかない。帰りたい――また強く願った。二つの月はまだ昇らないけれど、それでもその月たちを思いながら。
「昼飯を食ったらすぐに行こうぜ」
「もうちょっと休まなくて、大丈夫なの?」
「このくらい平気だ」
昨日はあれだけの血を流したというのに……。カーロは本当にたくましいらしい。
「分かった。兵糧も作っておかなきゃ」
ぼくは少し考えた。これから修羅場になるのだろう。腰が引けたし、そんな魔王になんか会いたくない。今すぐにでも帰りたかったけれど――でもぼくの意見を言えるような雰囲気じゃなかった。
元々、ロイもこんなだったのだろうか。ぱっと見た感じ、カーロもイナも十八歳のロイよりも年上に見えるけれど――でも、勇者は、ロイなんだ。一番大事にしなきゃならないのは、勇者であるぼくの意見じゃないのか? ぼくは頬を膨らませて二人を見た。
でも、行くしかない。不平不満が許される空気じゃない。それに、行きたいとか、行きたくないとかじゃないんだ。
イナやカーロが言った通りだ。ぼくはロイになってきている。もう、この剣を重いとすら感じないのだもの――。
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