第二章 ×*Λ? &$◇? あなたたちは誰!?

「ロイ……ロイ!」

 ぼくを眠りから引き摺り下ろしたのは、その声だった。

「ロイ! よかった、ロイ!」

 ぼくはぼうっと目を開いた。寝起きの鈍い頭で、ちょっと考える。ロイ? ロイって言ったのか? ぼくの名前は、黒井隆広――クロイタカヒロだよ。


「ねえ、&$◇! ロイ、目を覚ましたわ!」

 ぼくはきょとんとしながら、その声の主を見つめた。それは妙齢の女性で、涙ぐみながらもはきはきした声で誰かに話し掛けている。男の声が、女の人に答えた。

「ばかが。グリフォンごときにやられてみろ、この俺がただじゃおかねえからな」

「何言ってるのよ、&$◇!」


 ぼくは聞き慣れない単語にますます首を傾げる。グリフォン? なんだって、その名前が?

 それに、この女の人の言葉もちょっとおかしいような気がする。まるで日本語じゃないみたいだ。というのもおかしな話だけれど。


「ロイ……?」

 ぼくがきょろきょろしていたからか、女の人が心配そうにぼくを呼んだ。

「ロイ、大丈夫?」

「ぼくは……ロイじゃないよ」

 ぼくは女の人に向かって首を傾げて見せた。そこでようやく思い出す。ロイという名前。昼間に見ていた夢の中で、出てきた少年だ。ということは、夢の続き?


「あなた……誰?」

 尋ねると、女の人は驚いたように大きく目を見開いた。

「何を言っているの、ロイ。私は×*Λよ」

「え?」

「×*Λだってば」

 肝心の名前の部分がよく聞き取れない。というか、日本語になさそうな発音だ。もう一度聞くと、イナ、に近いような名前に聞こえた。


「ねえ、&$◇、ロイの様子がおかしいのよ」

 イナは少し離れたところに座っていた男の人を呼び寄せた。その時に呼んだ名前も、よく聞き取れない。カ……カラ……カル……?

「おい、ロイ、どうした」

 男の人はそう言いながらぼくの方へやってきた。すらっとした長身で、年齢は大学生の兄ちゃんよりももっと年上に見える。そしてその男の人の顔から首にかけて、ナイフで切ったのかなんなのか、痛々しいばってん印の傷跡があった。

「何とか言えよ」

 そんなことを言われても何も言うことができず、ぼくは途方に暮れてイナを見やった。イナは心配そうにぼくの顔を見つめるだけで、とくに手助けしてくれるようではない。それでもう一度、男の方を見る。

「誰……?」

 男は少しだけ、目を見開いた。イナと顔を見合わせる。

「私の名前も聞いてきたのよ」

 イナが言うと、どういうことだという風に男が嘆息した。


「俺は&$◇だ」

「カ……カル……?」

「&$◇」

「……カー……ロ?」

「そうだ、カーロだ」

 ぼくは首を傾げる。カーロなんて、おかしな名前。それに、この二人が話している言葉、やっぱり、どこかちょっとおかしい気がする。

「おい。どういうことだ、ロイ」

 カーロは呆れたように首を振った。

「まさか、何も覚えていないって言うんじゃないだろうな」

「そんなこと……ないよ」

 ぼくは震える声で答えた。

「ぼくは……黒井隆広……ちゃんと覚えて……」

「何言ってんだ、こいつ」

 カーロはあっさりとそう言い捨て、イナの方を向いた。

「頭……打ったわよね」

 ぼくが答える前に、カーロがそうだと頷く。そして言うが早いか、さっと立ち上がった。

「え、ちょっと」

 追いすがるぼくに、カーロは肩を揺すっただけだった。イナも心配そうにぼくを見て、カーロと同じように立ち上がる。

「大丈夫よ、ロイ。すぐに良くなるわ。もうすぐご飯できるから、食べましょう」

「でも、あの……」

 そしてイナも、カーロと一緒に焚火の方へ歩いて行ってしまった。

 残されたぼくの目に、ようやく周りの情景が飛び込んできた。一面の草原だ。夜なのだろうか、辺りは薄暗くて、よく見えない。というより、辺りには何もない。


 何か不吉な予感がして、ぼくは身震いした。何か、夢にしては出来過ぎていないか? その……何というのか、夢っていつも物足りないんだ、なんとなく。でも何か今は、多すぎて、有り余っているような感じがする。

 ぼくは空を見上げた。空は深い闇に包まれており、散りばめられた星がきらきらと瞬いている。そして二つの満月が地上へ穏やかな光を振りまいて……え、

 ぼくは慌てて立ち上がり、よたよたと二人の方へ駆けて行く。そして二人の会話を聞いた途端、不吉な予感は確信を通り越して、一気に恐怖へと変わった。


「&□Ψ!」

「%#○、×@λ?」

「§Φπ、☆∴Å」


 日本語じゃない。ぼくの頭は一瞬で混乱した。なんで? さっきまで、普通に喋っていたのに。

「ロイ、大丈夫?」

と思ったら、またさっきのように聞き取れた。イナが鍋の中身をかき混ぜながら、こっちに視線を送っている。ぼくは目を白黒させながら、イナを見つめた。


「ここ、どこ……?」

「魔王のすみかの洞窟のある草原よ。私たち、ようやくここまで辿り着いたんじゃない。本当に覚えていないの?」

「ま、魔王……?」

「本当に大丈夫、ロイ?」


 ぼくはふらふらと、その場にへたり込んだ。夢なら早く覚めて欲しい。どこだ、ここは。ロイって、誰だ。訳が分からなくて、頭が参ってしまいそうだ。

 ぼくはぼうっと、カーロに目を移す。カーロは足の間に何かを抱えて、紐を持った手を忙しなく動かしていた。焚火の明かりでなんとかその輪郭を掴むと、ぼくは卒倒しそうになった。

「弓……」

 その声に、カーロが振り向く。

「弓がどうかしたのか?」

「なんで……弓なんか……」

 カーロは答えるのも馬鹿だと思ったのか、首を振ってまた弓に目を戻した。


「さあ、ロイ、カーロ、出来たわよ」

 イナが楽しそうに言う。それでカーロが弓を脇に置いたとき、地面がいきなり、ぐらっと大きく揺れた。









***ツッコミ***

 普通転移したてで状況把握なんかできっこないよね? 異世界のくせに言葉が普通に通じるの、おかしいよね? というテンプレなろう系の「おかしさ」をぶった切りました。言葉が通じる秘密はのちほどきちんと回収されます。

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