第十六章 ぼくがこの世界に来た理由

「そうねって……」


 イナがぼくの後ろでくぐもった声を出した。カーロが嬉しそうな声で、ぼくたちが勝ったことを伝える。イナの表情がほころぶ様子が、目に浮かぶようだ。


「――ぼくがロイじゃないって、知っているの?」


 心なしか、尖った口調になってしまった。

 カーロとイナが、黙ってぼくの方を向いた。歩み寄って、ぼくの顔を覗き込む。また始まったと言わんばかりだ。

「ええ、知っているわ。だって……」

 ガイアは微笑んだまま、続けた。

「だって、ロイがあなたをここに呼んだんですもの」


 ぼくだけじゃなく、カーロもイナもあんぐりと口を開けた。カーロがその表情のまま、突っかかる。


「おい、妖精、一体どういうことだ?」

「ロイを見つけ、ロイを鍛え、ロイをここまで導いたのは私よ。けれどロイは、ここぞという時になって、臆病になってしまったわ。このままではいけないと思って、ロイの身代わりを別の世界から見つけてきたの」

「ぼくが……ロイの身代わり……?」

「ええ」


 カーロもイナも、訳が分からないという顔をして戸惑っている。ぼくも、簡単には次の言葉が出てこない。


「別の世界に、ロイと全く同じ魂を持つ人間がいたわ。でもその人間は行く方向を見定めきれず、堕落してしまっていた。でも、近くにもっといい人材がいたわ。恐らくその人間の血縁だったのね、ロイにそっくりな魂の、でもどこか違う人間が」


 それって……兄ちゃんと、そしてぼくのことだ! だからこのロイの体が、兄ちゃんにそっくりだったのか……?


「ロイに祈りの言葉を教えたの。ロイは別の世界で暮らすあなたを見て、すごく心惹かれた様子だったわ。ロイはあなたのようになりたいと願い、その祈りは月に聞き届けられ、あなたとロイの魂が入れ替わったのよ」


 ガイアは勝利に酔いしれた表情でぼくたち三人を見つめている。

 イナが震えながら、言葉を発した。

「そ、それじゃ……ロイが毎晩月に祈っていたのは……」

「そうよ。私の目に狂いはなかったわ。あなたはこの世界のロイと違って、魔王を倒せる力を持った本当の勇者だった。あなたを呼んできて正解だったわ」


 カーロが、穴があくほどぼくの顔を見つめた。

「お前……『ロイじゃない』って……」

「……う……うん……」

「――くそっ」

 カーロは吐き捨て、悔しそうに地団太踏んだ。イナも、呆然とした表情のまま固まってしまった。

 ぼくはその二人の顔を見比べた。そのまましばらく、何も言わなかった――言えなかった。


「そ……それで……ぼくはここに……」

 ようやく口を開くと、カーロもイナも、はじかれたようにこっちを見る。

「そうよ。あなたが来てすぐは私の姿が見えなくて、魔法の効き目も弱かったみたい。苦労をかけたわね」

「……魔法?」

「違う世界から来たあなたがイナやカーロと話ができるようになったのも、たった数日でロイの体に慣れることができたのも、私の魔法のおかげ」


 何かで強く張っていた糸がちぎれ、ぼくはその場に崩れ落ちた。どこか空虚な思いが胸いっぱいに広がる。


「――畜生」

 カーロが悔しそうに言った。大股で歩いて来てぼくの持つ勇者の剣を奪い取ると、それをガイアに向かい、ずんと差し出した。

「――持って行け。そして消えろ。魔物も魔王もいなくなったんだったら、こんな剣要らないはずだ」

 ガイアは自分の身長の何倍もある剣を大人しく受け取ると、素早く呪文を唱えた。剣は光に包まれて、消えた。


 そしてガイア自身も踵を返すかに見えて、ぼくは慌てて呼び止めた。

「ガイアさん、待って!」

 ガイアが振り返って、ぼくの目を見る。


「ぼくは……このままなの……?」

「向こうの世界に行ったロイを気にしているの? あんな人は気にしなくていいわ」

「……そうじゃない。ぼくは帰らなくちゃ……」

「どうして? ここはあなたのおかげで理想郷ユートピアになったのよ。これで魔物はいない。疾病も飢饉も、天災もない。それなのになぜ、帰りたいと思うの?」


 疾病もない、天災もない……。不幸もない……?


 ここでは兄ちゃんも暴れない? 母さんが入院することもない? 父さんが出て行くこともない? ぼくは何の悩みもなしに、幸せに暮らせるの?


 ぼくはカーロとイナの顔をそれぞれ見た。出会って三日目だけれど、剣道部の仲間みたいに、苦しいものを一緒に乗り越えてきた連帯感がある。イナはまだショックが和らがないようで、呆然とした表情をしていた。カーロは半分はガイアを睨みつつ、残り半分でぼくの方を見ている。


 ここだったら、兄ちゃんの弟でいる必要はないんだ。もう怯えなくていいんだ、兄ちゃんのヒステリックな言動に。

 カーロもイナも出会ったばかりは怖かったけれど、もう魔物もいないし、きっと普通の友達になってくれるだろう。

 母さんもこっちに来られるのかな。心臓を苦しそうに押さえて、ずっと病院のベッドにいなきゃいけない生活から解放してもらえるのかな。


 ガイアが答えを待つようにこちらをじっと見ている。

 ここに残るのか、それとも――。














***ツッコミ***

 テンプレ系のおかしいポイント(言語理解について、なぜ主人公が巻き込まれたのかについて)はここで回収しました。なろう系ではない王道転移ファンタジー、次回最終回です。

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