第五章 ライオンもどきとぼくの戦い
ぼくはいよいよ、本物の恐怖で震え始めた。
フリアの時とは、違う。あの時はだって、近くにイナもカーロもいて……、でも、今は違う。傍には誰もいない。そして前には、凶暴そうな人食いライオンだ!
立ち上がろうとしたけれど、足腰が持ち上がらない。ぼくは自分で自分が信じられなかった。早く逃げなきゃいけないっていうのに、なんで腰が抜けてしまうんだ?
先頭の、リーダーのような出で立ちの雄が前へ進み出て、ぼくに向かって歯を剥いた。その他大勢が、後に続いてくる。ぼくは立てない格好のまま、震えながらあとずさるが、背後は川で、すぐに足を止めざるをえない。
目の前のライオンの虫歯まで見えそうなくらいに近づいて、ぼくは本当に、泣きたくなった。ぼくの人生が、走馬燈のようにぼくの眼前を通り過ぎていく――というのは、もちろん錯覚だ。そんな一瞬の間に、ぼくの人生全部を振り返るのなんて無理だろう。すぐに、ライオンの牙が迫って――。
ぼくはひっと、身をかがめる。ライオンに噛まれる感触を覚悟したその時に、ぱしゅっという小気味よい音とともに、ライオンはどうと倒れこんでいた。
恐る恐る、顔を上げる。ライオンの首には、一本の矢。ライオンはフリアよりタフではないらしい。すさまじい形相で唸りながらも、そのまま痙攣し始め、それもだんだん緩慢になって、ついに動かなくなった。
「ロイ!」
カーロだ。そうだ、もちろん、矢を射たのはカーロだろう。ぼくは泣きそうな表情で、声のした方に顔を向けた。左手に弓、右手に次の矢を握りしめ、カーロがこちらに向かって走って来る。
トップを失ったライオンたちは呆然としているように見えたけれど、すぐに自分たちを取り戻した。残ったライオンの、半分はぼくに、残るはカーロに向かって牙を剥く。ぼくは竦みあがって、またあとずさった。靴の踵が水面に触れて音を立てる。
「ほら、剣だ、受け取れ」
追いついてきたと思ったら、カーロはいきなり剣を放って寄越した。ぼくがあたふたとそれを受け取るのを確認すると、カーロは今度は槍に持ち替えて、襲い掛かってくるライオンを次々と突き刺し始める。ぼくの前のライオンが苛立たしそうに唸り、ぼくは慌てて目を戻した。
でもそのライオンの殺気立った目を見たら、またカーロの方に視線を戻したくなった。けれど、カーロは目の前の敵で手一杯のようだった。この剣を寄越したってことは、やっぱり、自分で戦えという意味なんだ……よな。
ぼくは剣を鞘から抜いた。刀身が鮮やかに光を放つのと引き換えに、ぼくの気は遠くなっていく。持っているだけで重労働な剣で、戦えるはずなんかない。まさか。
ライオンはぼくの手の中に武器を認めると、勢いよく飛び掛ってきた。それでぼくは、また身を縮こまらせようとしたけれど、すんでの所で思い止まった。それじゃ、ただ単にやられてしまうだけだ。恐怖心より何より、その場の勢いが勝った。ぼくは闇雲に剣を突き出していた。
ずん、と重みがかかった。腕が、背骨が、ばきばきと折れていくかのようだ。渾身の力を振り絞って剣先を倒すと、それに従ってライオンの体も地に落ちた。
たったそれだけの所作でぼくはもう、息も絶え絶えだ。都合よく急所に当たったのか、ぼくの剣が刺さったライオンは、いくらも経たないうちに静かになった。
ぼくはぎょっとした。先程まで美しく輝いていた刀身に、血糊がべっとりと貼り付いている。ライオンもどきの、山羊のような胴体の、腹の辺りに大きく開いた穴から、血が山のように溢れて来る。ぼくが――ぼくが、殺したのだ。イナがフリアを痛めつけながら狂ったように笑う、その顔を見た時みたいに、すうっと意識が遠くなりかける。
でも、駄目だ、今は。元気なライオンもどきは、まだたくさん残っているのだ。
剣道で面を打つときのように思い切り振りかぶったら、重みで後ろに引っ張られそうになった。なんとか踏み留まって、力いっぱい振り下ろす。それは運よく一頭の前足に当たった。その一頭は痛々しそうにギャンと鳴いて後ろに下がり、すぐに他の三頭がそいつの穴を埋める。
ぼくは玉のように湧いて出てきた汗を拭い、ライオンをすっと見据える。一瞬、ぼくが本物の勇者みたいに堂々としているように思えたけれど、すぐにその勇気はしぼんでしまった。そんなの錯覚だ、もちろん。誰が、何キロもある真剣を振り回せる? 竹刀しか握ったことのない中学生剣道部員には、土台無理な相談だ。
それでもぼくは、勇気を奮い立たせる。ここで座り込んでしまったら、おそらくおしまいだ。剣の重さにへたりそうになりながら、中段の構えをとった。ライオンにも間合いという感覚があるのだろうか、にじりよったり、横に動いたりしてぼくとの距離を掴もうとしているように見えた。一頭が踏み込んできた。口を大きく開けて、ぼくを飲み込まんと襲い掛かってくる!
ぼくは咄嗟に剣を上げた――剣道で、相手の打ってきた面を受け止めるときのように。剣はライオンの顔に刺さり、喉まで貫いた。二頭目のライオンもまた、地に倒れる。残りのライオンどもは怒りに身を震わせ、ぼくを威嚇し続ける。
何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。一、二、三本。それらは実に見事に、三頭の首筋へ突き刺さった。三頭は一斉に倒れる。一瞬地面が揺れた。
返り血を浴びて血まみれになったカーロが自分の相手を倒し終わって、こちらへ走って来る。すぐに辿り着いて、すでに虫の息だった三頭に、槍でとどめを刺した。そしてこの戦闘会場は、すべて静かになった。
******ツッコミ*********
転移したては、転移前と同程度の能力しかもってないですよね? だから主人公は弱いです。スキル? そんなのありませんし、あったとしても転移したてで使いこなせるものじゃないでしょう。主人公が俺TUEEEはありえない。中学生の主人公が、今初めて握った真剣を自在に操ってモンスターを退治するなんて土台無理な話。十頭のうち二頭倒せただけでも奇跡です(この世界の「ライオンもどき」はゴブリン並みに弱いのかも)。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます