第六章 戦いの後の狩人とぼく
「大丈夫か」
カーロのその台詞を聞いた途端、足から力が抜けた。カーロが慌てて駆け寄る。
「お、おい、ロイ!」
「カ、カーロさん……」
足が笑ってしまって、動かない。腕も持ち上がらない。辺りに漂う血の香りが鼻につき始める。
「怪我は」
カーロがすばやく聞く。ぼくは首を振った。
「そうか、よかったな。俺は二の腕をやられたぜ」
驚いてカーロを見るけれど、返り血と一緒になってしまって、どこら辺を怪我したのか分からない。
「だ、大丈夫……?」
「ああ。キメラ程度でよかったな」
それでぼくは、さっきのライオンもどきがキメラという名前だと知った。キメラなら、聞いたことがある。西洋の神話に出てくる合成獣だ。カーロはキメラの体から矢を抜いて集めていたが、それも終わると言った。
「戻るぞ」
カーロが歩き出した。それでぼくも立ち上がろうとするけれど、力が入らない。
「カ、カーロさん」
カーロは振り返って、立てずにいるぼくを見つけた。それで、大きく目を見開く。
「お前、怪我はしていないって」
「た、立てないんだよ……」
泣き付くと、カーロは訝しみながらこっちへ戻ってきた。ぼくの肩を支えて、ほら立てと言う。それでなんとか立ち上がることができたけれど、剣の柄さえ握れないでいるぼくを見て、カーロは嘆息した。
「お前、本当にロイか? 忘れてきたのは記憶だけじゃないんじゃないのか」
それはどういう意味なんだろう。でもぼくはとりあえず歩くのに必死で、そんなこと尋ねる余裕がなかった。
イナの下に戻ると、イナは心配そうに腕を組んでぼくたちを待っていた。ぼくたちが帰ってくると、顔をほころばせる。
「ロイ、カーロ! 大丈夫?」
「ああ、俺は大丈夫だ。でもロイの方がちょっとおかしい」
それで、イナはぼくを見る。ぼくはと言えば、泣きそうな気持ちをぐっと堪えながらイナに視線を返すしかなかった。
「……私が手伝えればよかったのに」
「お前が昨日暴れたせいだろ」
「うん、ごめん」
恐らく魔法を使えるのだろうイナが手伝ってくれたのなら、もっと早く終わったはずだ。ぼくはそう思ったけれど、イナとカーロの間ではそれで話が済んでしまった。
「ロイ、大丈夫?」
「あ、あの……うん……」
「肉が焼けるのにまだ時間がかかるから、二人とも先に体を流して来たらどう?」
それでぼくはようやく知ることができたんだけれど、カーロ同様、ぼくの体もキメラの血で染まっている。カーロは適当に見繕って衣類を取ると、さっさと歩き出した。
ぼくは剣を下に置いた。それだけで、五キロも十キロも体重が軽くなった気分だ。そしてカーロの後を追った。カーロが向かった先は、先程の戦闘会場の上流の方だ。川に辿り着くと、カーロは服を全部脱いで川に飛び込んだ。
ぼくも、物怖じしつつやっぱり脱いで、そっと川に足を差し入れる。ひんやりと冷たい。意を決して、思い切り飛び込んだ。急激な温度変化に、ぼくの心臓が悲鳴を上げる。
「ひ、ひい、はあ」
そんな風に悲鳴を上げると、既に血を洗い流し始めていたカーロがおかしそうにこっちを見る。
「お前、本当にロイか?」
それは、冗談だったに違いない。でもどちらにしろ、ぼくは冷たい水に喘いでいて、答える余裕がなかった。
ようやくカーロを見返すことができたとき、水がつんと肩の辺りにしみてぼくは顔をしかめた。先程の戦闘で、ほんの少し怪我をしていたらしい。カーロは頭を川に突っ込んで髪についた血を洗っていた所だったが、ぼくの視線に気付いてこっちを向いた。
カーロの全身は、傷だらけだった。二の腕を怪我した、そんな風に言っていたけど、それがどこかも分からないくらい至る所に傷痕があった。――ぼくはその山のような古傷からは敢えて目を逸らした。聞いた。
「あの……腕の傷、大丈夫?」
「ちょっと抉られただけさ」
抉られた、そんな響きに、水温とは違う震えが走る。カーロはそんなのお構いなしに傷口をすすいでいる。しみるのか、何度か顔を歪めていた。
陸に上がって体を拭くと、下着だけを身に着けて血糊のついた服を全部洗う。それが済むと、ようやく戻れた。寒さと疲れで震えながら、温かい火のある所へ。
そして、ここに来てからようやく、まともな食事を食べることができた。
不思議な味がする。鳥肉と魚肉を混ぜ合わせたような感じだ。思ったよりも、不味くはない。あまり食欲は湧かなかったけれど、それでも無理やりに口の中に押し込んで、飲み下した。
それからカーロもイナも歩き回るようだったけれど、疲れていたぼくは頼み込んで野営地で夜まで寝かせてもらった。
***ツッコミ***
異世界転移前にいじめられていたり、不遇な半生を生きてきたりする主人公が多いですが、転移後に性格ごと生まれ変わったかのような動きをすることがありますよね。陰キャなら陰キャらしく、転移後もその性格を貫かないと。
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