第十一章 対ドラゴン戦

 カーロもイナも張り詰めていた。片手に勇者の剣をぶら下げながら、もちろん、ぼくも。地下の洞窟には太陽の光が入らなくて、今何時ぐらいなのか、正確には分からない。もう何時間も経ったような気がする。イナが魔法で出した火の玉のおぼろげな明かりだけを頼りに、ぼくたちは前に進んでいた。


「何も……ないな」

 嘆息したように、カーロが言った。イナも同調する。

「本当に魔王の洞窟なのかしら。入り口に結界が張ってあるとはいえ、こんなに守りが手薄じゃ……」


 ねえロイ。イナが同意を求めるようにこっちを見る。ぼくが曖昧に頷いたとき、カーロがこっちを振り返った。


「……お前ら、ちょっと静かにしろ」

 ぼくたちはびっくりして声のトーンを落とした。カーロが黙って前方を指すと、火の玉が一人で前へ進んだ。ぼうっとしたその明かりが、どんどん遠のいていく。

「……何か、いるの?」

 小さい声でイナが囁く。カーロは頷いた。

「魔王の子分のお出ましだぜ」

 それで、槍を構えながらぼくの方を振り向いた。

「心の準備は大丈夫か、ロイ?」


 ぼくはちょっとびっくりしながらも、首を縦に振る。

「うん、大丈夫」

 そうして、自分も剣を構えてみせた。


 軽い、軽いこの剣。部活の竹刀と同じくらいだ。それが、何故だかぼくに力を与えた。できる。大丈夫だ、ぼくならできる。

 ――そうだ、ぼくは地方大会を勝ち上がれるだけの力を持っているじゃないか。部内でも、ぼくが一番強い。大丈夫だ、ぼくならできる。


 ロイ、ロイ。


 囁くような声が聞こえた。辺りを見回しても、暗くて何も見えない。恐らく、空耳だ。


 ロイ、頑張って。あと少しよ。


 それでも応援されたからには黙っているわけにはいかない。ぼくは虚空に向かって頷いた。それで辺りは静かになった。


 何かを照らしながらその場に留まる火の玉が見える。槍を構えたカーロが、緊張に肩を強張らせた。そのカーロの向こうで、鋭い牙を持った生き物の瞳が残忍な輝きを放つ。

「――ドラゴンだな」

 カーロが呟いたのを聞き取ったかのように、その生き物は鎌首をもたげた。その目がぼくたちを捉える。


 戦いは唐突に始まった。ドラゴンは大きく息を吸い込むと、伝説にあるみたいに、いきなり火を噴き出したのだ。

「氷」

 イナが腕を上げ、相変わらず間の抜けた単語を高らかに放った。すぐに氷の壁がぼくたちとドラゴンの間に立ち塞がり、炎と相対してどちらも消滅した。


 カーロは弓に持ち替えて、弦を引き絞った。風を切って飛んでいった矢は、ドラゴンの左眼を寸分違わずに射抜いた。ドラゴンがつんざくような悲鳴を上げる。


 カーロは表情を変えずに、二本目を構えた。ところがドラゴンの方も黙ってはいない。片目でカーロを睨むと、真っ直ぐに突進してきてカーロに噛み付こうとした。カーロはさっと身を翻してそれをかわす。


「鋭い刃」

 イナがまた叫んだ。どこからともなく氷柱のようなでっかい円錐が四つ現れて、そのドラゴンの肢体を地面に縫い付けた。ドラゴンは今度は悲鳴を上げなかった。拘束から逃れようと暴れながら、煮えたぎるような目をイナに向けた。


「何ぼうっとしてる。かかれ、ロイ!」

 カーロは伏せたまま弓を構え、ドラゴンは再び炎を吐き出そうとし、イナは氷の楯を作ろうと身構えている。カーロの一喝で、ぼくははっとした。先程まで自信たっぷりだったはずなのに、作り物の自信ががらがらと音を立てて崩れ去る。一人で十頭のキメラと向かい合った時のように、膝が震えて尻餅をつきそうになった。


 でも、だめだ。あのときみたいに、倒れてちゃ。だって勇者はぼくなんだ。さあ、腹の底から勇気を振り絞って――。


 ぼくは地面を蹴って駆け出した。今にも炎を吐こうとしていたドラゴンは残る片目をちらりとぼくに向ける。ぼくは振りかぶった剣を、えいやと振り下ろした。――しかし、日本の剣道がこのいかれた巨獣に対して役立つとでも言うのだろうか。剣はドラゴンの鱗に見事にはじき返され、ぼくは吹き飛ばされた。大した打撃は与えていないのに、ぼくの攻撃はドラゴンの逆鱗に触れたらしく、ドラゴンは標的を変え、ぼくに向かって炎を噴き出した。












***ツッコミ***

 今回はツッコまれそうなので先に言い訳。洞窟でドラゴン、ありえないですね。洞窟で炎、酸欠にならないのでしょうか。不思議ですね。中学生の主人公が何も疑問に思っていないので本文中には書けませんが、きっと何らかの魔法を使っているのでしょう(一応ヒントとなる事柄は本文中に出てきます)。

 そして、相変わらず主人公は弱いですね。一日二日であっという間に強くなどなれるわけありません。

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