第20話
馬上の旅路は淡々としたものだった。
最初は熱に浮かれたようにジュダルが「綺麗な夜空だね」や「鳥がいるよ」と話しかけていたが緊張と恐怖で俯いたままの月娟は頷くのみで返事を返さなかったので今は無言を貫いている。
……というよりもジュダル自身も緊張でうまく言葉が作れないようだ。もごもごと口を動かし話そうとするがすぐに口を噤むのを繰り返していた。
そんな二人の後を追う芙蓉は主人と離れていることに苛立ち、主人にでれでれするいけすかない男に怒りを覚えて何度も舌打ちを繰り返していた。同乗するウィルドは主人以外と言葉を交わすのを厭うらしく無言のままだ。
穏やかとは到底言えない雰囲気に包まれたまま、馬が歩きやすい道を選び進んでいると開けた場所に辿り着いた。
ジュダルは馬を止めると眼下に広がる景色を見て「馬鹿だなぁ」と呟く。何を指しての言葉か知るために芙蓉も同じ方角を見た。
「芙蓉、あれって……」
月娟が瞠目し、口元を押さえた。
視線の先には業火がうねりをあげ、空を明るく染めていた。山賊の根城がある場所だ。
きっと、琰慈達が奏兵をまとめて奇襲をかけたのだろう。
「山賊でしょうね」
炎の勢いに掻き消されたのか、もう生きてはいないのか悲鳴はここまで届いてこない。
「なんて酷いの……」
「月娟様が気にすることはありません。元はと言えば彼らが貴女を危険に晒したのが原因です」
芙蓉の言葉に月娟は顔を覆う。芙蓉の言う通りだがそれでも良心は痛んだ。
***
さわさわと風がうねり、葉を揺らす。
しっとりとした夜風に絡みつく水気に芙蓉はぱっと顔をあげた。
「待て」
芙蓉の静止に、ジュダルは「なに?」と馬を止めると振り返った。
「雨が降る。月娟様が濡れる前にどこか雨宿りできる場所を探そう」
「雨?」
不思議そうにジュダルは空を見た。薄い雲が月を隠してはいるが雨が降る気配はない。芙蓉が逃走のためについた嘘かと思ったが真剣そのものの表情に嘘はないと判断する。
「本当に降るの?」
「前のように酷くはない。通り雨程度だと思うが月娟様のお体が冷えないように雨宿りをしたい」
「雨宿りか……」
ふむ、と口元に指を当てるとジュダルは視線を伏せる。記憶に刻んだ地図を思い出し、近場に雨宿りが可能な場所を思い出す。
「ここを少し進んだ場所にちょうどいい場所があるが……」
「駄目だ。近くに川があるはず。増水する可能性が高い。月娟様を危険に晒すわけにはいかない」
「君のいう通りだけど……。よし、じゃあ、こっちに行こうか」
ジュダルは向かって左側を指さした。そこに道はなく、生い茂った草木が腰まであり、人はおろか獣さえ通ったことがなさそうだ。馬なら進めるだろうがこの闇と足元の草のせいで安全かどうかが判断しにくい。
そんな最低な道を指し示し、「行こうか」と言ったジュダルに対し、芙蓉は舌を打つ。
「こんな道を月娟様に歩かせる気?」
冷たい声で「ふざけるな」と付け加える。
「もっと安全な道を選べ」
「お黙りください」
首に冷たいものが巻きついた。冷たい氷を思わせるそれは背後のウィルドのものだと悟る。
「皇子の考えに従ってください」
「主人を危険に晒すな、と言っているだけだが……?」
「今、貴女の首を絞めているのは私です」
暗に「すぐ殺せる」と言われ、芙蓉はふんと鼻で笑う。脅しているつもりだろうがそれで大人しくする気弱な性格を持ち合わせない。
「殺すつもりもないくせに」
「そんなに死にたいのですか」
「貴方はジュダルの命がなければ実行しない。ジュダルは月娟様を悲しませたくないからそんな命令はしないさ」
「なにを分かったことを」
二人そろって睨みあいを続けていると月娟が声をあげた。
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