第15話
入り組んだ迷路のような通路を歩くと鉄の扉に辿り着いた。ジュダルは慣れた手つきで扉を封じる
鉄が擦れる、耳を塞ぎたくなる音が通路に響いた。
「月娟はここにいるよ」
分厚い扉を開けると土埃が舞い、芙蓉は袖で口元を覆う。薄く開けた視界の中、ジュダルが中が見える様に端に寄るのが見えた。その向こうには土の壁をくり抜いたこじんまりとした部屋が見える。
その中央に月娟はいた。
簡素な椅子に座り、口元を両手で覆って信じられないという風に芙蓉を見つめていた。
「……芙蓉?」
月娟の震える声で問う。それに頷くと月娟は立ち上がり、走り寄ってきた。
「芙蓉っ!」
背中に腕を回し、芙蓉に抱きつく。抱きしめられた際、月娟の額が傷口に触り、芙蓉は痛みに小さく呻き声を上げた。
「離れてください。濡れて風邪を引きます」
自身が雨でずぶ濡れなのを思い出し、芙蓉は月娟から距離をとる。
「芙蓉、熱いわ。熱があるの?」
抱きしめた時、布越しで感じる体温が熱い事に気づいた月娟は目尻に涙を溜めながら芙蓉の額に手を当てた。
手のひらに伝わる熱に、月娟は悲しげに柳眉をひそめると扉の前で腕を組んでいるジュダルを見た。
「解熱剤を持ってきて! 代わりの衣服もよ。芙蓉が死んじゃうわっ」
泣きそうな、震える声で月娟は叫んだ。
「すぐに解熱剤は用意するよ。衣服は準備できるかどうか……なかったら代わりの毛布を持ってくるね」
ジュダルは組む腕を解くと踵を返す。途中、思い出したように足を止めると二人に振り返った。
「その前に芙蓉。その剣と腰に隠した短剣をくれるかな? 袖にもあるよね」
雨に濡れ、肌に張り付く胡服の形からジュダルは察したのだろう。それ、と指差しながら鋭く指摘した。
ジュダルの言う通り、帯と袖には確かに短剣が仕込まれている。
芙蓉は素直にそれらを差し出した。兄達から貰った剣を差し出すのは躊躇したが、仕方ないとたかを括る。隙があれば取り返そう。もし無くてもあの兄達は文句をいいつつ、許してくれるに違いない。
「行ってくる」
芙蓉から武器を受け取るとジュダルは今度こそ部屋から出て行った。
扉がしまると外から閂を占める音が聞こえた。
ジュダルの足音が聴こえなくなると月娟は安心したように長息した。
「芙蓉。辛いでしょう。ごめんなさい」
「いいえ、分かっていますよ。私なら大丈夫です」
芙蓉は月娟が何をいいたいのか理解していた。だからこそ文句ひとつ言わず、ジュダルに武器を渡したのだ。
「ねえ、芙蓉。辛いかもだけどすぐに逃げましょう」
月娟は芙蓉の手に己の手を重ねた。
「きっと、二人なら大丈夫よ」
「ええ、そうですね」
「体は大丈夫?」
「月娟様を見ると痛みも吹っ飛びました!」
あえて明るく芙蓉は笑った。それを見て、釣られるように月娟も小さく微笑んだ。
「ねえ、芙蓉。ここに耳を当ててみて欲しいの」
芙蓉の手を引いて、月娟は入り口とは正反対の壁に誘導する。
やんわりと肩を押された芙蓉が黙ってそこに耳を当てると土の壁の向こうから水の音が聞こえた。
「水?」
驚いた顔で月娟を見つめると、月娟は嬉しそうに胸を張った。
「やっぱり聞こえるのね」
「聞こえます。地下水にしては流れが速いですね。川か滝のどちらかだと思います」
轟々と流れる水音は水滴が滴る音ではない。流れる水の音だ。
水の勢いがどうであれ、それを辿れば外に出ることはできそうだ。芙蓉は嬉しそうに月娟を見た。
連れ去られて恐怖に震えていると思っていたが、主人は気丈にも脱出の機会を伺っていたと知って、嬉しさに耐えかねる様に項垂れた。
芙蓉の脳裏を過ぎるのは泣いて後ろをついてくる小さい頃の月娟の姿。あの泣き虫だった月娟がこんなに大きくなって、と親の心情で口元を押さえた。
「どうしたの? 芙蓉」
急に下を向いたまま固まった芙蓉の頭上に、困惑した声が降り注ぐ。それに大丈夫だと手短に告げ、顔をあげた。
「逃げれそう?」
「そうですね。ここの土は特に脆いみたいですし、壁もあまり厚くはなさそうですが……」
土の壁に触れると指先が触れた部分がさらさらと崩れだした。奥の壁だけ水に近い分、土の脆さも違うらしい。この強度なら月娟を休ませて、芙蓉一人でも掘れるだろう。
「どうしようかと思って色々探したの。ここから水の音がして、それで椅子の脚を使えばどうにかなるんじゃないかしらって」
確かに木で作られた椅子を
だがと芙蓉は難しい顔で首を左右に振った。
「いえ、それはやめましょう。ジュダルがどこまで薬を取りに行っているのか分かりません。私達が逃げようとしている痕跡を見せるわけにいきません」
「穴を掘るのを辞めるの?」
不安そうに月娟は顔を歪ませた。
「ええ。水の流れは速い。これ以上、月娟様を危険に晒すわけにはいきません」
「ならどうするの?」
「それは——」
続けられた芙蓉の言葉に、月娟は真面目な表情で頷いた。
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