第19話
三日が経った今、微熱はあるがだいぶ吐き気やだるさが治った。布団から上半身を起こした芙蓉は新しい薬を持ってきたジュダルを冷たく一瞥する。
「出発はいつ?」
「なに? あいつらと合流でもする気?」
「別に。ただ、動くなら早めがいいでしょ。今なら彼らは山賊探しに躍起になっているだろうし、動きやすい」
「へえ、味方してくれるんだ」
ジュダルは作業中の手を止めると胡散臭そうに芙蓉に視線を投げる。
「月娟様がそう望むのなら私は従うまで」
「ふうん。忠臣だね」
イラッとする言い方だが、芙蓉は舌打ちだけに留めた。
「君が動けるなら予定より早く移動しようかな。実際、君の言う通り、あいつら山賊の根城に向かっているし」
はて、と芙蓉は面をあげた。ジュダルにとって山賊達は捨て駒という位置付けなのは気付いていたが、動向を知らせる仲間がいることに驚いた。表情から察するにその仲間のことは信頼しているようで口元を綻ばせる。
「芙蓉。本当に平気なの? もう少し休んでからの方がいいのでは?」
側で話を聞いていた月娟が声をあげた。芙蓉を心配そうに見つめる。
「大丈夫です。逃げるのなら今が一番の好機ですので」
「けれど……」
「傷が癒えるのを待ってから行動すると両国から追ってがきて今より困難になります。それに、彼らは私が怪我を負っていることを知っています。月娟様が心配するからしばらく傷を癒すと考えるはずです」
「……無理はしないでね」
それに笑顔で答える。月娟は納得がいかない様子を見せるが深く追求することはしなかった。
「じゃあ、今夜だ」
ジュダルの提案に二人は揃って頷いた。
***
久しぶりの外気をたっぷり吸い込んだ芙蓉ははあ、と大きく息を吐き出しながら空を見上げた。漆黒の夜空には半月が輝いている。逃亡するには不適切な明るさだが琰慈達はここにはいないため気にすることはない。
芙蓉は脳内で青峯に見せてもらった地図を思い浮かべた。天幕を張った場所から山賊の根城に行くには馬で半日ほどかかる位置にある。馬が殺された今、彼らに残された移動手段は徒歩のみだ。山賊の討伐及び、往復の日数を考えてまだ時間はある。
——動きは鈍いがどうにかなる。彼がいなければ。
肩の傷に布の上から触れながらウィルドという青年を見る。歳の頃は二十半ばだろうか。すすけた黄金の髪が長いせいで目元はよく見えないが
——無理だ。彼には勝てない。
万全の状態ではない今、勝つ未来が見えない。
「皇子。準備は整いました」
ウィルドは青毛の馬を撫でながらジュダルに声をかけた。
「じゃあ、行こっか」
ジュダルは頷くと
「月娟はこっちに乗って」
「えっと……」
「大丈夫。絶対に落とさないから」
戸惑いながら月娟が手を重ねるとウィルドの支えもあり、するりと乗馬し、ジュダルの腕の中に収まった。
——密着しすぎだ。
逃げないように自分と月娟を離すのは分かる。二人で乗馬する場合、落ちないように密着するのも。
ただ、だからといってあんなに密着して黙っていられるほど芙蓉も大人ではない。
見るからに月娟が怯えて顔色を悪くさせているのにジュダルは気付かない。耳まで真っ赤にさせながら嬉しそうに破顔するので芙蓉は鋭く舌打ちをした。
しかし、月娟と逃げる好機があるまで大人しく従おうと約束をした手前、拳を強く握って耐える。
そんな芙蓉の怒りに気付かないジュダルがどんどんだらしのない顔になるので芙蓉は眉間に深く皺を刻み続けた。
「侍女殿はこちらに」
空気が読めないのかウィルドは涼しげな表情で手を差し伸べてきた。
苛立ちを打つけるように力一杯、その手に己の手を重ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。