第23話


「琰慈。やつらは黄山こうざん方面に進んでいるようです。やはり、西域に向かっているものと考えられます」


 すすけた地図を広げた青峯は四つの駒を動かしつつ、腕を組み、地図上を睨む琰慈に問いかけた。


「清と奏を敵に回して、駆け落ちなんて情熱的だな」

「貴方が好きそうですね」

「まあな。相手が公主殿でなければ応援していた」


 どころか喜んで協力していたと答えれば青峯は見るからに迷惑そうな顔をした。すぐに「冗談だ」と返すが青峯は表情を改めるどころか一層と酷く歪ませる。


「現に、協力した過去を持つ貴方の言葉を信用はできませんね」


 冷たく返された。琰慈は苦笑を浮かべる。


「あれは親友だったから手伝ったのであって、今は違う。俺は今、彼女達を奪われてはらわたが煮えくりかえる思いだ」

「なら、どうします? 芙蓉殿の言葉通りならば夜明けが一番、雨が強くなりますよ。絶好の好機を、みすみす見逃すのですか?」

「……その前に俺が何に対して怒りを覚えているのかお前は分かっているのだろう」


 米神に血管を走らせた琰慈は地図上に新たな駒を設置する青峯を睨みつけた。眼光が鋭い目つきがより一層、凶悪さを滲ませる。話し合いに参加をしていた数人の兵士は緊張から乾く喉を潤すために唾を飲み込んだ。

 その視線を受けても青峯は笑みを崩さない。


「彼女は公主様のためなら命をかけます。それを利用するのはいけないことですか?」


 いけしゃあしゃあとのたまうので琰慈は「ふざけるな」と冷たく一蹴した。


「だから死んでくれと言ったそうだな」

「芙蓉殿は公主様を置いて逝きはしませんよ。短い付き合いでも分かるはずです」


 地図上に駒を並べ終えた青峯は「そうでしょう?」と伺いを立てる。


「長旅の心労が積もった状態で矢傷を追い、雨風に打たれた——普通の女性なら倒れるか亡くなってもおかしくはありませんよ」

「だからこそ無理をさせないようにするべきだ」

「いえ、限界に近いからこそ奮い立たせなければ」

「俺を非道というがお前の方がよっぽどの非道漢ひどうかんではないか」

「せっかくの同盟を、駆け落ちのせいで白紙に戻されるなどたまったものじゃありませんよ。奏国に使者を出した手前、我らで解決しなければ貴方の顔に泥を塗ることになります」


 琰慈は駒を一つ手に取った。


「彼女達が無事なら喜んで泥塗れになるさ」


 それを四つの駒へと滑らせる。


宇航うこう

「……はい」


 兵士の波を縫うように現れた男を一瞥もせずに琰慈は先程触れていた駒を指さした。


「先程話した通りだ。やれるか?」

「仰せのままに」


 宇航はぎこちない動作で拱手をした。

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