第16話 山岡は語らない。
「山岡さんが仕事を選んだ理由?」
佐竹が頭にはてなマークを浮かべる。
「まぁまぁ、これを飲んで」
中田が珍しく、佐竹と山岡に水を勧めた。佐竹は勧められた水のグラスを掴んで、一息に飲み干した。
「山岡さんが仕事を選んだ理由、ってIT系が給料高いからじゃなかったでしたっけ」
「そうだな」
山岡も水を飲み、佐竹の質問に答えた。
「あとは転勤が無い、人材の流動性が高いから転職しやすい、対象とする業種の選択肢が多い」
山岡が淡々と理由を述べていく。
「確かにそれはそうですね」
佐竹が同意する。それに対し、中田は少し悲しげな顔をしながら山岡に尋ねる。
「他にも給料が高いとか転勤が無いとか、そういった条件の業種はあるけど、なんでIT系を選んだんだ?」
佐竹は不思議そうな顔をしながら、そのやり取りを見ている。
「別に給料が高くて転勤が少ない、って理由でIT系を選ぶのは良いんじゃないですか」
「それは別に良いよ。じゃあ佐竹、お前はなんでIT系に就職しなかったんだ?」
「えっ」
佐竹は意表を突かれたようで、一瞬考える。
「IT系にそこまで興味がなかったからですね」
中田は頷く。
「じゃあ、山岡はIT系に興味があったのか?」
「......」
山岡は即答しなかった。中田の不安そうな視線と、佐竹の疑問を浮かべた視線が山岡に突き刺さる。
「......いや、ITに興味があったから、今の仕事を選んだんだ」
山岡の取り繕った言葉を中田は聞き逃さなかった。一方で、佐竹は酔っているからか、そんな山岡の機微に気づかなかった。
「なーんだ、そりゃそうですよね」
佐竹は拍子抜けした、とでも言うように大げさに伸びをする。中田はまだ不安そうな顔をしているが、その後は何も言わなかった。
中田の質問が尻すぼみに終わってしまった後、佐竹はふと口を開いた。
「後輩のM1達の就活を手伝って分かりましたけど、就活指導ってなかなか大変ですね」
佐竹はワインに飽きたのか、ジントニックを頼んだ。
「自分が就活してた時は気づかなかったけど、教える側になると気づくよな」
中田は頷いている。
「うちの研究室って、みんな早めに就活始めるじゃないですか。6月とか」
「とりあえずインターン解禁と同時にみんな申し込むよね」
「そうそう。あれって当たり前かなと思ってたけど、そんなでもないんですよね」
「そりゃ3月に就活本番なのに、その9か月前から就活に取り組む大学生は少ないでしょ」
中田はビールを飲む。だいぶ泡が無くなったビールだった。
「中田さん、『つよくてニューゲーム』って話覚えてます?」
「覚えてるよ。この前、山岡ともその話になったわ」
「あぁ」
山岡は頷く。
「うちの研究室の学生がみんな良い企業に入るのって、この『つよくてニューゲーム』の考えがあるからですよね」
「そうだろうな」
「うちの研究室の就活のやり方に『つよくてニューゲーム』って名前をつけたの、って誰なんだろう」
中田が呟く。
「名前的にその辺のゲームが好きなやつだろうな」
「確かにな。みんな6月とか早めに就活始めて、夏のインターン、秋のインターン
冬のインターンを経て、就活本番だもん。そりゃ就活に強いでしょ」
中田が当たり前とばかりに言いつつ、佐竹は指折り何かを数えている。
「単純に3回就活やって、就活本番が4回目の就活ですもんね」
「転生4回目みたいな感じだろ。そりゃ就活本番が1回目のやつとはレベルが違うわ」
「だからこそ『つよくてニューゲーム』って名前なんでしょうね」
佐竹は納得顔で、ジントニックを口に運んだ。
「しかも6月って、ちょうど就活を終えた先輩たちが余裕ある時なんだよね」
「そう。現役就活生で、しかも内々定を取ったばかりの先輩たちに話を聞きながら、インターンに申し込みできる」
「その時点で十分強いよな。エクストラスキルついてます的な。私のそばには大賢者がたくさんいますみたいな」
山岡、中田、佐竹の所属していた研究室は1世代大体多くて8人だった。山岡は頭の中で、白いローブを着て長い髭をたくわえた大賢者が、8人並んでいる絵を想像した。
「ただ、就活の期間が長くなるんですよね」
佐竹はさっき運ばれてきた唐揚げを食べながら愚痴る。イタリアンバルといいつつ、ちゃんとこういうメニューもあるのは良いことだと中田は思った。
「そうだな。普通の学生なら、3月から6月の約3か月間で就活終わるところ、就活解禁の頃には既に9か月就活体験してる計算だもん」
「そうなんですよー、だから中だるみしますよね。しかも就活直前の今くらいの時期に、進路に悩むんですよ。あまりに色んな業界とか企業を見すぎて、逆にどれが良いか分からなくなるというか」
「それは分かるな」
山岡が佐竹の意見に同意した。
「中だるみして就活失敗しそうになるやつとかいるもんな」
「それなんですよ。まさに木下がそうですよ」
佐竹がため息をつく。中田がその言葉に驚く。
「あれ、そうなんだ。木下なんて要領よく就活やっていきそうなのに」
木下は山岡と中田の2つ下の代、つまり佐竹の1つ下の代にあたる。ちょうど見山と同じタイミングで就活を迎える代だな、と山岡は思った。
「要領よくやってますよ。IT、メーカー、鉄道、広告、等々。その辺の有名なインターン総なめしましたもん」
「そりゃすげえな」
「中田さんとは大違いですね」
「一言多いぞ」
「さすがインターン10連敗男」
「もう過去の話だ」
中田は笑いながら答える。
「結局、就職できればこっちのもんだしな」
佐竹は中田の言葉に対し、素直に頷いた。
「本当にそうだと思いますよ。木下は色んな業界の優良企業を見すぎて、どれも捨て難くなってる。だから、就活本番で受ける業界を絞り切れてない」
「早めに就活終わらせるなら、2業界。多くても3業界に絞ったほうが良いんだけどね」
「その通りですね」
「その辺は佐竹先輩がフォローするんでしょ」
中田の一言に佐竹がジト目で見つめ返す。
「まぁそうですね。うちの研究室のモットーなんで。中田さんと山岡さんにお世話になった分くらいは、木下をフォローしますよ」
「良い後輩を持ったもんだな。なぁ山岡」
「あぁ、その通りだな」
あまりしゃべっていなかった山岡も、中田の言葉に対して笑顔で答えた。
「まぁ、『先輩にもらった恩は後輩に返せ』が教授の口癖ですもんね」
「久々に聞いたなそれ。教授は元気?」
「元気ですよ、60歳近いと思えないくらいに。もう少しお酒は自重したほうが良いとは思ってますよ」
「佐竹がそれを言うか」
「飲みすぎて財布無くした中田さんには言われたくないですね」
中田はばつが悪そうに苦笑いしながら、手元の水を飲んだ。
「木下のことは現役生で何とかしますよ」
佐竹は無表情気味にそう言ったが、中田と山岡はその顔を見て安心した気持ちになった。2人からしたら後輩だった佐竹も、なんだかんだ面倒見の良い先輩になったのだ。
「俺らが卒業した後も、佐竹がいたからこそ研究室に心配はなかったな」
山岡が褒めると、佐竹は少し頬を赤らめた。
「いきなり褒めるのやめてください。慣れてないんで。そういうお2人は仕事どうなんですか。楽しいんですか」
中田はうーんと唸りながら考える。
「大変だけど楽しいかな。メーカーだし、物作って自分の思い通りに動くとやった! って感じにはなるしなー。なんだかんだ性に合ってるよ」
「そうですか。ザ・理系の中田さんらしいですね。山岡さんは?」
山岡はさっきの過ちを繰り返さないように答えた。
「あぁ、楽しくやってるよ」
山岡は嘘をついた。
※※※※※※※※※※※※
飲み会が終わり、中田と佐竹と別れた帰り道。山岡が電車の中でスマホを開くと、そこには見山からの連絡を知らせる通知が表示されていた。
『インターン提出したよ! これで私もレベル10!』
山岡はその文面を読み、自然と笑みがこぼれているのを気付いていない。そのまま連絡の内容を読み進めていく。
『ただ2週間でレベル10だから、3月にレベル50になれるかな?』
『心配だけど、やまさんがいれば何とかなると勝手に思ってる笑』
『インターン受かったら飲みに行きましょう! 色々話したい事もあるし!』
元気そうな文面を読みながら、山岡は返事をいくつか返した。そして何を思い至ったのか、最後に一文こう付け足した。
『見山がやりたい仕事を見つけられるといいな』
第1章 就活開始編 完
※※※※ Result ※※※※※
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
見山:レベル10
山岡:レベル60
中田:レベル42
佐竹:レベル?
ミキ:レベル19
オールバック君:レベル32
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