第12話 金髪にした理由。

 「なんで金髪にしたのか、ね」


 弟ナツキの質問をハルは繰り返す。


 「そうそう。ちょうど髪を染めた頃は、姉ちゃん荒れてたから聞くに聞けなかったし」


 「私、そんなに荒れてたっけ?」


 「荒れてたよー、あの頃は母さんと全然しゃべらないし。そういう姉ちゃん見たこと無かったから、当時はビックリしたよ」


 「そっかー......迷惑かけてごめんね」


 ハルは申し訳無い気持ちになった。今となっては、ハルと母親の関係は良好だが、金髪に染めた直後は意図的に口を聞かなかったことを覚えている。家の雰囲気を悪くしたことに対して申し訳ない気持ちになったが、ナツキは隣で笑顔だった。


 「まぁ、今の姉ちゃんの方が良いけどね!」


 黒髪短髪で日々部活に打ち込むナツキは、笑顔がとても爽やかだ。その笑顔と言葉に、ハルの頬も緩んだ。


 「ありがとう! 昔の私、ってどんな感じだった?」


 ナツキは少し考えて、話し始めた。


 「昔かー。高校生の時はあんまり話さなかったよね。なんか、朝から晩まで忙しい、って感じ。たまに話してもあんまり反応なかった、っていうか」


 「ナツキの中での私のイメージ、ってそんな感じだったのね」


 ハルの言葉に対し、ナツキは何かを思い出したように話し始めた。


 「どっちかって言うと、今の姉ちゃんって、小学生の頃の姉ちゃんに近い気がする。今さら気づいたけど。」


 ハルはソファに座ったまま、顎に腕をついて過去を振り返った。


 「そうかも。お母さんは私が染めた時、『私が変わっちゃった』って言ってたけど、どちらかと言うとこっちが素なんだよね」


 ハルは自分の毛先をいじり始めた。


 「保育園の頃は覚えてないけど、小学生の頃は毎日楽しかった。外で走って、鬼ごっこして、ドッチボールして、ナツキをからかって。」


 「姉ちゃんひどいよな、毎日のように俺をいじめてたし。俺のおもちゃを持ち上げて、取れるもんなら取ってみろー、って」


 ハルはフフフとニヤケながらナツキを見る。


 「あの頃のナツキはかわいかったなー。背がこんなくらいしかなくて」


 ハルはナツキの当時の身長を再現するように、手を低い位置に差し出した。


 「いつも私の後ろをトテトテ着いてくるんだもん。可愛くて可愛くていじめちゃってたの、ごめんね! 許して!」


 ハルが両手を合わせて頭を下げると、ナツキは仕方ないと言った顔をした。


 「そこまで言うんなら許すけど。」


 「チョロい弟」


 「今何か言った?」


 「なにもー」


 ハルはヒラリと立ち上がり、ナツキに笑顔を向けた。ハルは上下共に大きめのグレーのスウェットを着ていたので、その動きに合わせて、フワリと服が舞う。


 「中学校に入ってからかな。お母さんが受験について言い始めたのは。良い高校に行って、良い大学に行こうね、って」


 ハルはテーブルに近づき、さっきまで自分が飲んでいた、紅茶の入ったマグカップを手に取った。


 「その時は何も思わなかった。偏差値の高い高校に行けるなら、行けた方が良いし。部活やって、勉強して、受験した」


 ハルは両手でマグカップを掴んだまま、続ける。


 「私は第1志望を落ちて、第2志望の高校に入った。ショックだったけど仕方ない、って思うくらいだった」


 ハルはマグカップの中身を飲んだ。


 「でも、お母さんは違った。お母さんは私がもっと勉強に時間を費やせば、第1志望に受かったはずだ、って。努力が足りなかったんだ、って言った」


 ハルはマグカップを置いて、ソファに近づき、再び座った。


 「お母さんの言ってることは分かったよ。もっと勉強に時間費やせば、第1志望に受かったかもしれない。でも、私は全力で努力してたし、努力が足りなかったなんて思わなかった」


 ハルは隣にあったクッションを掴むと、それを目一杯抱き締めた。


 「モヤモヤしてたけど、お母さんのことは好きだし、言ってることは間違ってないと思った。だから、塾にも行って、部活も頑張った」


 「姉ちゃん、本当によくやってたよね。朝練行って、放課後部活して、その後に塾通って。」


 「うん。正直辛かったけど、半ば意地で両立してた」


 ハルはクッションを抱き締めたまま、ナツキの方を見た。ナツキはそんなハルに対して、笑顔で返した。


 「すげーな姉ちゃん。俺とは大違いだ」


 「ナツキは部活頑張ってるでしょ」


 「まぁね、勉強の方は半ば捨ててるけど」


 ナツキはそう言って笑い、ハルもそれにつられて笑った。


 「ナツキは知らないかもしれないけど、私、お母さんと大喧嘩したことあるんだ」


 「え、そうなの」


 「うん。やっぱり部活と塾の両立がキツくて。塾の量を減らしたい、って言ったんだ」


 「そうだったんだ」


 「そしたら、塾じゃなくて部活を減らせ、って」


 ハルは力なく笑った。


 「そんなのできるわけないじゃん。部活の皆が頑張ってるのに、私だけ塾だから、って練習出ないなんて」


 「そりゃそうだ」


 ナツキは頷いた。


 「だから、『それは絶対無理』ってお母さんに言ったんだけど分かってもらえなかった」


 緊張した空気を感じ、ナツキが隣を見ると、ハルはクッションを全力で抱き締めたまま、正面の壁を見据えていた。クッションがもう無理ですと言わんばかりに潰されている。


 「しかも、お母さんに『プロわ目指すわけじゃないんだから、部活なんて必要ない』って言われて、私はカッチーンってなったの」


 「う、うん」


 「そこからお母さんと大喧嘩。お互いに言いたいこと言いまくってたかなー」


 「うわー、すごそう」


 ナツキは母親とハルが罵りあう様子を想像し、震えた。


 「お母さんのその考えだと、部活やってる人は大半無駄だよね。プロ目指す人なんて本の少しだし。じゃあなんでみんな部活やるの? 部活で努力してる人は時間の無駄なの? プロ目指さないとやってる意味ないなら、なんで部活なんてあるの? ってね」


 「うん」


 ナツキは、ハルがそう言いたくなる理由も分かった。


 「お母さんにも何か言われたけど、あんまり覚えてないなー。覚えてるのは、私の方からもういいやと思って話をやめたの。それで、決めたんだ。部活も塾も両方やりきって、誰にも文句を言わせなければ良いんだ、って」


 「すご。俺には無理だわ」

 

 ナツキであれば、どっちかを諦める。この場合、自分なら塾に行かなくなるだろうなと思った。

 

 「で、その後はナツキも知ってる通り、私は部活を最後までやって、今通ってる第1志望の大学に入りました」


 「すげー、さすが姉ちゃん」


 ナツキはパチパチと拍手し、それに対してハルはドヤ顔で答えた。


 「で、何で金髪に染めたんだっけ」


 「そうだった」


 ハルは最初の質問を忘れていた。気を取り直して再び話し始める。


 「んーっと。部活もやりきったし、大学も行きたいところ行けたから、私としては満足だったけど、めちゃくちゃ辛かったんだよね、ほんと」


 「そりゃそうでしょ」


 「だからか分かんないけど、もう楽にやりたいなー、って。今まで大変だったし、もう好きなことだけしたい、って思ったんだよね」


 「燃え尽きたんだね」


 「そう、それ」


 ハルはご名答、とばかりにナツキを指差す。


 「で、やりたいことって何だろ、って考えたときに、おしゃれしたい! って思ったの。校則厳しかったし、部活と塾でなりふり構ってらんなかったし」


 「へー、なるほどね」


 「で、色々雑誌とか読んだら、おしゃれするにはまず髪色を明るくするのが大事、って分かったの。だから染めた」


 「きっかけはそこだったんだね」


 「うん。ただ、今思えば、金髪まで染める必要はなかったかも。この髪色も良い感じだし」


 ハルはそう言って、茶色に染めた自分の髪を撫でた。


 「やっぱり内心、お母さんに反抗したかったのかな。金髪にしたら、絶対何か言われる、って分かってたし」


 「そりゃね。姉ちゃんがある日外から帰ってきたら、真っ黒だった髪が金髪になってるんだもん」


 ナツキは当時のことを鮮明に覚えていた。ちょうどその時もこのソファに座って、スマホをいじっていたら、金髪のハルが現れたのだ。一瞬、誰だか分からなかった。


 「俺がビックリしてたら、お母さんがやってきて『なにその髪!』って激怒してたもんね。そっから大喧嘩」


 「いやー、あの喧嘩もすごかったねー」


 まるで他人事のような感想を述べるハル。その場にいたナツキは、一部始終を震えあがりながら見守るしかなかった。


 「でも姉ちゃん、あの時は引かなかったね。それに何も悪いことしてないもん。姉ちゃんの勝ちだったよ」


 大学生になったハルからすれば、金髪にすることは何も悪いことではない。それでもハルの母親は怒った。


 「十分やらなきゃいけないことはやったし。もう我慢したくなかったんだよね」


 「そういうことかー......金髪にした理由は親への反抗心、と」


 「まとめるとそうなっちゃうかも」


 ハルはソファから立ち上がり、キッチンの方へと歩いていった。ナツキがそのままソファでテレビを眺めていると、ハルがアイスを片手に戻ってきた。2人でテレビを眺めながら、ハルはバニラの棒アイスをペロペロ食べる。


 「また金髪にするの?」


 ちょうどテレビ番組が終わった頃、ナツキはハルに尋ねた。


 「んー、どうだろ。これを機に金髪は卒業かも。茶髪も良い感じだ、って分かったし」


 「似合ってるもんね」


 「ありがとう」


 こう言うことをサラッと言うあたり、ナツキは彼女が途切れないのだろう、とハルは思った。


 「さて、そろそろやることやるかなー」


 ハルはソファから立ち上がり、ぐーっと伸びをした。


 「何やるの?」


 ナツキの問いかけにたいし、ハルは振り返ってこう答えた。


 「インターンの申し込み!」





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 見山ハル:レベル9

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