第11話 自分と向き合うことについて。

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 ブクブクと、水が泡立つ音がする。視界は悪く、辺りには白いモヤが立ち込めている。ジメっとした空気の中で、見山は悩んでいた。


 『この紙に、自分史を書いてくれ』


 山岡の説明によると、自分史とは、自分の人生の出来事を文章に書いた物のことを指すらしい。人生の出来事というのも、こういうのを書かなければならない、という決まりはなく、個人的に印象に残ってることを書けば良いとのことだった。


 『最初はなかなか書きにくいと思うから、まずは保育園、小学校、中学校、とかに何年から何年まで所属していた、ってところから書いてみると良いと思う』


 保育園、小学校等の今までの所属を自分史に書くのは簡単だった。それらは見山にとって事実であり、書けば終わる内容だからだ。ただ、問題なのはその後だった。見山は先日の山岡との会話を思い出しながら、口元を水面下に沈め、ブクブク泡立て続けている。


 『で、1番大切なのは、自分史に書いた全ての出来事に対して、他人に説明できるように理由を書いてくれ』


 『理由を書く?』


 『そう。例えば、何でその高校に入学したのか。何でその大学に入学したのか。何故その時、その選択をしたのか。良い理由も悪い理由も正直に書いてくれ』


 『おっけー! 書いてみる!』


 『言っておくが、自分史に書いた全ての出来事に対してだからな。何でその保育園に入ったのか、とかもだぞ』


 「そんなの覚えてないよ!」


 見山は過去の山岡の言葉に対し、今再び突っ込んだ。同時に思い切り両手を水面に打ち付けたので、バシャッと辺りに水しぶきが舞った。


 「やまさんは難しいことばっかり言うんだから......」


 見山の独り言が浴室内に響いた。湯船に体を寄りかからせ、見山は再びブクブクと水面を泡立て始めた。茶色い髪が水面に触れ、広がる。


 『知らなければ、例えば親とかに聞いてみてくれ。内容によっては友達とかに聞いてみても良い』


 『......聞けば良いのは分かったけど、そこまでやる必要ってあるの?』


 『あぁ、ある。自分を知るためには、自分の今までの行動を振り返ることが必要だ』


 『自分の今までの行動を知ると、今の自分を知ることになるの?』


 『少なくとも、俺はそう思ってる。今までの行動、つまりは今までの選択が、今の見山を作ってるんだ』


 見山はそんな会話を思い出しながら、思わず湯船の中で眉間にシワを寄せていた。きっと、山岡と話していた時も眉間にシワを寄せていたのだろう。その時の山岡は、そんな見山の顔を見たからなのか、笑いながらこう言っていた。


 『なかなかピンとはこないだろうから、とりあえず書いてみてくれ。期限は1週間、来週の土曜日までだ』


 ここまでが昨日の出来事。その日はエントリーシートで残っていた項目について少し見てもらい、解散となったのだった。


 「自分の今までの行動って......そんなの全部覚えてないよ」


 見山は不安気に、湯船の中で体育座りした。まだ自分史はほとんど書けていないが、あと6日後には山岡に見せないといけない。そんな時、再び山岡の言葉が頭をよぎった。


 『自分史、ってのはとことん自分と向き合うためにやる作業だ。一方で、就活に必ず必要な作業じゃない』


 カフェで頭を抱えていた見山に対し、山岡はゆっくりと語りかけていた。


 『でも、俺個人としては自分史を書くことをオススメする。今後の就活で、特に面接で、自分史を書いた経験が役に立つ時がくるから』


 『そうなの?』


 『あぁ。だから、やってみてほしい。ちなみに、自分史を書くことの最大の目的は、自己分析をすることだからな。』


 『さっき言ってたやつね!』


 『自分のことを知るための作業、つまりは自分ときちんと向き合うことが、自己分析だ。自分史はそのための道具、ってことだな』


 『うんうん』


 『そこを意識して、自分史を書いてみてくれ。何なら、自分のことが知れれば、手段は問わない。親とか友達に、私ってどんな人? って聞くだけでも良い』


 『それは聞かれた側が焦りそう』


 『そりゃ焦るだろうな。どういう意味なんだろう、って。だから自分史とかを使った方が分かりやすい』


 そんな会話を思い出しながら、見山はとりあえずやることを決めた。気合いを入れるために、湯船の中で伸びをする。腕と足がピンっと張り、足先が水面から顔を出していた。


 「よし、頑張ろう!」



※※※※※※※※※※※※



 「ナツキから見た私って、どんな人に見える?」


 「......えっ?」


 お風呂上がりのリビング。正面に座ってアイスを食べていた弟ナツキに、見山ことハルは質問を投げ掛けた。


 「え、じゃないよ!」


 「いやいやいや、質問がいきなりすぎて。俺から見た姉ちゃんがどう見えるか、ってこと?」


 「そうそう」


 「......大丈夫か姉ちゃん。学校で何かあった? いじめられてる?」


 「何もないよ!」


 高校2年生、21歳のハルからすると4つ下の弟に心配される姉。山岡の言う通り、ストレートに質問すると、聞かれた側は混乱するようだ。ハルは就活で自己分析をしている話を手短にした。


 「なるほどなー。自分が周りからどう見えてるか知りたいと」


 「そういうことかな」


 「ふむふむ。俺から見た姉ちゃんはね」


 「うんうん」


 「疲れるとソファで寝てます。邪魔だから自分の部屋で寝てほしいかな。」


 「はい」


 「あと風呂上がりに家の中を素っ裸で歩いてることがあります。恥じらいを持ってください」


 「はい」


 「それと脱いだ下着が時々ワケわからないところに落ちてるから、ちゃんと洗濯籠に入れてほしいかな」


 「いやただの要望じゃん!」


 ハルがつっこむと、すかさずナツキが応戦した。


 「今だってほぼ裸じゃん! パンツ1枚にタオルだけだし! 思春期の弟がいること考えて! もう見慣れたけど!」


 「まさかそんな風に思われてたとは......」


 ハルはいそいそと立ち上がり、着替えに向かった。


 だいたい3分後に着替えて戻ると、ナツキはリビングのソファに移動していた。ハルもあわせてその隣に座る。ナツキはちらっとハルを見ると、話し始めた。


 「まぁ、姉ちゃんはそういう雑なところや直して欲しいところはあるけど。ちゃんとしてる姉だと思うよ」


 「意外とそう思ってくれてるんだ」


 ハルが照れ臭そうに笑う。


 「そりゃね」


 正面に置かれたテレビから、笑い声が聞こえる。ナツキはふと考える素振りをした後、ハルに尋ねた。


 「ちょっと姉ちゃんに聞きたいことあるんだけど」


 「なにー?」


 ナツキは少し間を空けて、質問した。


 「姉ちゃんって、なんで金髪にしたの?」





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 見山ハル:レベル8→9

  見山ハルは自己分析を開始した!

   レベルが上がった!

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