第10話 ガクチカと恋愛事情。

 「うん、大体こんな感じで良いんじゃないか」


 見山が修正した志望理由を見ながら、山岡は頷いた。見たところ、《結論ファースト》《言いたいことは2度言え》をきちんと使えてる文章になっている、と山岡は思った。


 「ふー、大変だったー」


 見山は大きく伸びをした。茶髪ボブの髪がその動きに合わせて揺れている。カフェに着いて約1時間が経過していた。


 「少し休憩したら次のやつやろうか」


 「りょーかーい」


 見山は先ほどおかわりしたレモンスカッシュをチューチュー飲んでいた。レモンスカッシュは見山の黄色のニットと色が似ているな、と山岡は思った。


 カフェは建物の2階に位置しており、見山と山岡はその窓際の席に座っていた。山岡がふと外を見ると、多くの人たちが行き交うのが見えた。


 「やまさん、最近はどうなのー?」


 リラックスモードの見山は気晴らしに就活以外の話題を山岡に振った。山岡は外に向けていた視線を、見山に戻した。


 「いや、どうもしないけど」


 山岡の取り付く島も無い回答に、見山は笑った。


 「いつもそう答えるよね!」


 「見山がふんわり聞きすぎなんだよ」


 見山はむむむ、という顔をして、質問を変えた。


 「じゃあ、プライベートはどんな感じ? 彼女さんとはうまくいってるの?」


 「あぁ、別れたよ」


 「......えっ!?」


 山岡の発言に、見山は動揺した。山岡は顔色ひとつ変えなかったが、視線は再び窓の外に向けていた。


 「あれ、その彼女って大学生の時から付き合ってた彼女?」


 「そうだ」


 「3年くらい付き合ってたよね?」


 「よく覚えてるな。そうだよ」


 「えぇー、なんで? てかいつ別れたの?」


 「大体1か月前くらいかな」


 「めっちゃ最近じゃん!」


 見山は驚愕に目を見開く。見山の矢継ぎ早な質問にも、山岡は淡々と答えていっていた。


 「え、え、なんで別れたの?」


 「音楽性の違いってやつかな」


 「いやバンドの解散理由はいいから」


 「残りの人生を自分らしく生きたいと思って」


 「いや熟年離婚の理由はいいから!」


 「よく分かったな」


 山岡のはぐらかしに対して、見山の目は真剣だ。山岡は視線を再び見山に向けた。


 「なんで別れたの?」


 「んー、難しい質問だな。そんなハッキリとした理由がある訳じゃないけど......」


 見山がジーッと山岡を見ている。視線が痛い。山岡は少し考え、はっきりと回答する気分になれない気持ちがあることを自覚した。


 「まぁ、気が向いたら話すよ。長くなるし」


 「えー、今話してよー!」


 見山は諦めずに山岡を見つめている。


 「そんなに知りたいのか? 面白い話じゃないぞ?」


 「......知りたい」


 困り顔の山岡に対し、見山は頑なに引こうとしなかった。山岡はそんな見山の反応に驚きつつ、悩む。


 「正直、今は話す気分じゃない」


 「......」


 山岡がはっきりそう告げても、見山は無言のまま山岡を見つめている。何がここまで見山を駆り立てるのか。山岡には理解できなかったが、見山が引かないだろうことを察した。


 「......分かった、じゃあ条件を出そう」


 「条件?」


 「見山がインターンに受かったら、話そう」


 この提案は、1月中にインターンに受かって欲しい、という山岡の思いを込めたものだ。


 山岡としては、1月中にインターンに受からなければ、3月頭にレベル50になるのは難しいと判断していた。山岡は頭にレベル分け表を思い浮かべた。


レベル01 就活しようと思う  

レベル10 企業の採用にエントリーできる

レベル20 書類選考を突破できる

レベル30 1次面接を突破できる

レベル40 2次面接以降を突破できる

レベル50 内々定を勝ち取れる

レベル60 複数業界で内々定を勝ち取れる


 今は1月中旬。1月中にインターンに受かると言うことは、あと2週間で最低レベル20になることを示す。


 見山は山岡のそんな思いを知ってか知らずか、さっきまでの真剣な表情から一転、笑顔で答えた。


 「分かった! じゃあ受かったら絶対に話してね!」


 ころころ変わる見山の表情に翻弄される山岡。見山の笑顔に対して、山岡も笑顔で答えた。


 「あぁ、約束だ」


 見山は嬉しそうな顔をしている。山岡は話が一段落したところで、見山のエントリーシートの紙を再び手に取った。


 「じゃあそろそろやるか。『学生時代に力を入れたこと』の添削」


 「うん!」


 次に取りかかるのは、エントリーシートの2つ目の内容、『学生時代に力をいれたこと』300文字以内。


 「『学生時代に力を入れたこと』、通称ガクチカだ」


 「へー、そんな略し方するんだね」


 「誰が言い出したんだろうな。ガクチカの基本は志望理由と一緒で、《結論ファースト》とかは守って内容を書こう」


 「うんうん」


 「で、志望理由では話さなかったけど、カグチカにはもう1つ超大事な作業がある」


 見山がごくりと生唾を飲む。


 「超大事な作業って......?」


 「それは――」


 山岡は頭の中で、この内容を伝えて見山が素直に納得するとは思えないな、と考えていた。その時間が、会話に無自覚な間を作っていた。その間に見山は意味もなく緊張し、膝の上で手をもじもじとさせていた。


 (早く教えてよ!)


 そんな見山の気持ちを知らぬまま、山岡は答えた。


 「――自己分析だ」


 見山は目をパチクリさせる。


 「......自己分析?」


 緊張して損した、と見山は思いつつ、質問する。


 「自己分析って自分を分析する、ってこと?」


 「そう。合ってる」


 見山は首をかしげる。


 「今までの《結論ファースト》とか《言いたいことは2度言え》はエントリーシートを書く上での大事なテクニック、って感じがしたんだけど」


 「あぁ」


 「自己分析、ってそんなに大事なの? みんな自分で自分のことは分かるでしょ?」


 「見山、それは甘すぎる」


 想定通りの見山の反応に、山岡は真剣な表情で返した。


 「自己分析を笑う者は、自己分析に泣く」


 「そんなー、大げさでしょー」


 見山はいやいや、と言うかのように手を胸の前でひらひらと振った。対して山岡は真剣な表情のまま話を続けた。


 「自己分析が完璧なやつは、まず第1志望の会社を選ぶことで悩まない」


 山岡の言葉に見山はギクリとした。


 「何故なら自分のことをちゃんと理解しているから、自分が何をしたいのか、自分に合っている仕事が何なのか分かるんだ」


 見山は黙って山岡の言葉を聞いていた。


 「自己分析ができているやつは面接も得意だ。自分が何をしたいか分かるから、その目的に合わせて、自分をどう見せるべきか分かる」


 山岡の説明に、見山もいつの間にか真剣な表情になっていた。


 「自分をどう見せれば良いか分かれば、ガクチカを上手く書けるようになる。何故なら、エントリーシートで自分らしさを最も表現できる場所が、ガクチカだからだ」


 山岡は、見山のエントリーシートのガクチカの部分を指差した。


 「とりあえず、このガクチカは《結論ファースト》と《言いたいことは2度言え》を意識して直そう。自己分析はその後だな」


 見山は焦った。


 「え、自己分析を先にやらなくていいの?」


 「今回はやめておこう。それなりにこのガクチカの内容は問題ないし。かわりに、これをやってもらおう」


 山岡はカバンから新たな紙を取り出して、見山の前にそれを置いた。見山はワクワクしながらその紙を見た。


 そして拍子抜けした。


 「この紙、真っ白なんだけど」


 見山が山岡を見ると、山岡は頷き、答えた。


 「この紙に、自分史を書いてくれ」





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 見山:レベル7→8

  見山は志望理由を完成させた!

   レベルが上がった!


 山岡:レベル60

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