第15話 山岡が別れた理由。

 「ごめん、遅くなったわ!」


 ふと、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。山岡が振り返ると、そこにはメガネをかけ、笑顔の中田がいた。佐竹がため息混じりに答える。


 「中田さんは遅刻してくるし、タイミング悪いし......とんだメガネ野郎ですね。反省してください」


 「すごい罵倒されたけど、なんかごめん!」


 中田は焦り顔で頭を下げる。中田はチノパンを履き、青いワイシャツを着て、黒のピーコートを羽織っている。かけているメガネは四角い黒ぶち。山岡は中田に隣に座るように促した。


 「いやー、前の予定が長引いちゃってさ。遅れて申し訳ない。あ、店員さん、生ビール1つで」


 中田は謝罪しつつ、店員さんに飲み物を注文する。


 「で、何の話をしてたんだ?」


 佐竹は新しく運ばれてきたアヒージョを食べながら、中田を見る。


 「ちょうど、山岡さんが元カノさんと別れた理由を聞こうと思ってたんですよ」


 「......そんなに気になるか?」


 山岡が尋ねると、佐竹はこくりと頷き、山岡は激しく頭を縦に振った。


 「だって、山岡ってあんまり自分のプライベートを話さないからな」


 「同感です。こうやってゴリゴリ押さないと話してくれないので」


 正面のピンク髪の後輩と、隣に座るメガネの同期にそう言われる山岡。ちょうどその時、中田のビールが運ばれてきたので、3人は改めて乾杯をした。


 「で、仕切り直して。何で別れたんですか?」


 佐竹が再び聞いてくる。山岡は少し言葉に迷い、言い淀んだ。その間、佐竹と中田はジーッと山岡を見つめていた。山岡はそんな2人を交互に見ながら、答えた。


 「まぁ、あれだな。別れた理由は、俺も元カノも仕事を優先したから、ってことかな」


 山岡の発言の後、しばし沈黙が流れた。


 「あれですね、まとめすぎてて。よく分からないですね。最初から説明してもらいましょう」


 「そうだな。まず、いつ頃から別れそうな予感はしてたんだ?」


 佐竹の発言に同意する形で、中田が質問した。


 「別れそうな予感がした時か......大体1年前かな」


 「そんなに前から......」


 「そうだな。ちょうど、今の佐竹みたいに俺が修論に追われてた頃だ。俺も忙しかったけど、彼女......いや、元カノも仕事が忙しかった」


 山岡は佐竹の発言を思い出し、言い直した。何となく、山岡は寂しいと思った。


 「だから、当時は丸々1ヶ月会わなかったな」


 「そうなんだな......」


 「1ヶ月くらい会わなくても、そんなに気にならないですけどね」


 「まぁ、普段会ってた時より、会う頻度が減っていった、ってことが大事なんじゃない?」


 中田の一言に佐竹は首をかしげる。


 「そういうもんですかね」


 佐竹はそのピンクの髪とは裏腹に、可愛げの無い、ストレートな発言をする。裏表の無い正直な物言いは、佐竹の竹を割ったような性格から来るものだろう。


 「俺が修論発表を終えた後は、お互いに特に変わりは無かった。元カノは、仕事は忙しいけど楽しい、って言ってたくらいだったな」


 「仕事って楽しいもんなんですかね」


 「人それぞれだろうね。まぁ、俺はそれなりに楽しいけど」


 佐竹の呟きに、中田はボソッと返答した。


 「4月になって、俺は就職した。元カノは変わらず忙しかったけど、俺も研修の間は余裕があったから、何だかんだ会えてはいた」


 「元カノさん、って何の仕事してたんでしたっけ」


 「デベロッパーだな。不動産系。マンションとかの建物作ったり、街全体を開発する仕事だな」


 「それはまた......デベロッパーって超人気ですもんね。採用人数も少ないですし」


 佐竹はうんうん、と認めるような頷きをしている。


 「相当優秀な人だったんだな」


 中田はチーズを食べながら感想を述べた。


 「少なくとも俺よりは遥かに優秀だった。英語もペラペラだし」


 「中田さん、勝てるところ1つくらい無いんですか」


 中田に鋭い視線を送る佐竹。中田はそれに対し、腕を組んで少し考えた。


 「ごめん、無理。完敗です」


 中田はお手上げのポーズをした。


 「で、俺の新人研修が3ヶ月で終わったくらいから、俺も忙しくなって、会う頻度は減っていった」


 「そりゃー、1年目の入社して3ヶ月なんて、もうてんやわんやだよな」


 中田はビールを飲みながら、ウンウンと頷いている。


 「そうだな。そんな感じで過ごしてたら、何となく連絡も少なくなって、何となく会う回数も、昔に比べたら減ってたな」


 山岡は遠い目をしている。


 「会えてないのが良くないのは分かってたけど、俺は余裕がなかった。朝も夜も仕事して、場合によっては深夜に働いている時もあった」


 「IT系って深夜もあるんですか?」


 佐竹が目を丸くしてこちらを見ている。


 「サービスのリリースとか、日中メンテナンスできないサービスとかをやると、そういうこともあるな」


 山岡は空になったワイングラスを置き、店員さんにハイボールを頼んだ


 「11月くらいになって、元カノから話がしたい、って連絡がきた」


 佐竹と中田は黙って話を聞いている。


 「それで会ってみたら『距離を置きたい』って言われたな」


 「理由は何だったんですか?」


 すかさず佐竹は質問した。


 「大雑把に言えば『お互い仕事が忙しくて、会う時間もなかなか取れないから、距離を置きたい』って話だった」


 「で、それに対して山岡さんは何と?」


 「距離を置くくらいなら、別れた方が良い、って伝えた」


 「え、山岡さんがそれを言ったんですか」


 「あぁ、俺が言った」


 「何でそんな」


 佐竹は険しい表情をしている。


 「元カノの足を引っ張りたくなかったんだ」


 「足を引っ張る?」


 「あぁ」


 山岡の返事に対し、佐竹はよく分からない、という顔をしている。


 「どういう意味だ?」


 今度は中田が質問する立場になった。


 「元カノは、仕事に打ち込みすぎて俺を放置してしまうのが怖い、って言ってた」


 山岡はハイボールをグッと飲んだ。


 「仕事をやって、会社の飲み会に参加して、ってやってると、どうしても俺のことが頭をよぎる、って言ってた。私はこんなに仕事ばかりしてて良いのか、って」


 「そんなに仕事ばっかりやらなくていいんじゃないですかね」


 佐竹は自分のスパークリングワインをゴクゴク飲み干し、別のワインを頼んだ。


 「そういう考えもあると思うよ」


 山岡は佐竹の考えを肯定した。


 「ただ、元カノにとって、デベロッパーって言う仕事は小さい時からの夢だった」


 山岡はハイボールをまた口に含む。


 「3年目になって、最初から街作りに関われる仕事が回ってきたらしい。元カノは、その仕事に打ち込みたい、って気持ちが強かった」


 中田と佐竹は黙って話を聞いている。


 「俺はそれを後押しする選択しかできなかった。だから、別れようと言った」


 「うん......」


 弱々しい返事を聞いて、山岡が中田を見ると、眉をハの字にして山岡を見ていた。


 「でも、元カノさんに『別れよう』って言われたわけじゃないですよね。『距離を置こう』って言われたんですよね」


 佐竹は確認する。


 「そうだ」


 「それなら、元カノさんはまだ悩んでたんじゃないですか。山岡さんのことが好きだから」


 山岡は押し黙った。佐竹が山岡を見つめる。そこに、中田がボソッと呟く。


 「山岡も、元カノさんも、真面目すぎるよな」


 「ほんとですよ。それに、元カノさんは山岡さんに言って欲しかったんじゃないんですか?」


 「......何を?」


 山岡が聞かないので、中田が質問する。佐竹は険しい表情のまま、答える。


 「別れたくない、って」


 山岡はまだ黙っている。ハイボールを黙々と飲んでいる。


 しばし沈黙が流れ、山岡が答えた。


 「......そうだな。別れたくない、って言わなかったな」


 「山岡の場合は、言えなかったんじゃないか」


 中田が助け船を出すが、佐竹がそれを粉砕する。


 「何でですか。言いたいこと、言えば良いじゃないですか。彼女にすら本音を言えなかったら、誰に本音を話すんですか」


 佐竹は一息にワインを飲み干すと、同じものを店員さんに頼んだ。


 「あ、お水も人数分お願いします」


 中田がすかさず水を頼んだ。


 「もう山岡さんと元カノさんの関係は終わってるんで、言いたいことだけ言わせてもらいます」


 山岡は弱っている、と中田は思った。佐竹もそれに気づいていたが、だからと言って発言を弱める気は無かった。


 「言いたいことを言い合わなきゃいけないのが、彼氏と彼女なんですよ。相手を困らせることになっても、迷惑をかけることになっても、嫌われることになっても、自分の気持ちを話さないと」


 佐竹は運ばれてきたワインを口に運ぶ。佐竹のターンは続く。


 「自分の気持ちを話してから、別れることになったら別れれば良いんですよ。好きだから迷惑かけたくないとか、本当のことを言えない、って意味分かんないですよ」


 「......俺もそこは同感かな」


 中田が佐竹に賛成する。


 「だって、自分の気持ちを相手に話せなければ、結局それが積もり積もって必ず別れることになるんですから。本当に好きなら、長く関係を続けたいなら、都合の良いパートナーになるんじゃなくて、心の内を話せるパートナーにならないと」


 佐竹の熱を帯びた言葉を、ただただ聞き続ける山岡。


 「人間なんて、絶対に他人の心の内は分からないんです。言わなきゃ何も伝わんないですよ」


 「......その通りだ」


 山岡はポツリと答えた。


 「それに、可愛そうなのは山岡さんじゃなくて、山岡さんの本当の気持ちを聞けなかった元カノさんですよ」


 「......」


 佐竹のトドメの一撃に、山岡は答えられなかった。再び沈黙が流れる中、佐竹はワインを飲む。山岡は目の前にあった水に口をつけた。


 沈黙を破ったのは、中田だった。


 「......なかなか思いを伝えられない気持ちは分かるよ」


 中田は苦笑いしながら、意を決したように話し始めた。


 「だけど山岡。自分が今の仕事を選んだ理由すら、元カノさんに伝えてないだろ」





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 山岡:恋愛レベル25

 佐竹:恋愛レベル50

 中田:恋愛レベル12

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