第14話 ピンク髪のギャル。
山岡の前に立つ、ピンク髪のギャル。
上は黒いダウンジャケット、下は黒のロングスカート。首元から覗く白いパーカーのフード。全身モノトーンな印象の服に、ピンク色の髪が映えていた。
「山岡さんに会うのは半年前の飲み会ぶりですかね。」
ピンク髪のギャルはそう言うと、首をかしげた。その顔は童顔で無表情気味、背は山岡より低い。おそらく160cmも無いくらいだ。ギャルと言うよりも、落ち着いた知的な雰囲気があった。
「そうだな。内定祝いの飲み会ぶりだな」
山岡はピンク髪のギャルの言葉を聞いて、去年の8月くらいの飲み会を思い出した。それは同じ研究室の山岡たちの代と、山岡から見て1つ下の代、2つ下の代、の3世代が集まった飲み会だった。
「あの時はよく飲みましたね。中田さんが街中で倒れてた時の飲み会ですもんね」
ピンク髪のギャルの口から漏れる息が白い。今日も一段と寒いな、と山岡は思った。
「あれはひどかったな。佐竹が飲ませすぎたのが原因じゃなかったっけ」
「そんなに飲ませてないですよ。いつも通りです」
ピンク髪のギャルこと佐竹はニコニコしながら答える。佐竹は山岡の1つ下の代で、こんな見た目ながらめちゃくちゃ酒に強い。去年の飲み会では、山岡の同期の中田は佐竹の餌食になり、潰されたようだった。
山岡は先週飲みに行った、大学の同期の中田のことを思い出した。頭の中の中田は、メガネをかけ、ビールを片手に笑っていた。
「......まぁ、飲みすぎた中田の自業自得か」
「手厳しい」
2人はそんなやり取りをしながら目的地に向かって出発した。
「最近の研究室はどんな感じなんだ?」
ピンク髪のギャルこと佐竹は、両手をダウンジャケットのポケットにつっこみながら答える。
「私たちの代は修論発表の準備に追われてますね。最も、この時期なるともう発表練習するくらいですが」
「2月の頭に発表だもんな」
大学生活と言うと4年間の学士課程を指すが、山岡や佐竹はその後の修士課程2年間に進んでいる。その修士課程では研究室に所属し、各々研究テーマを決めて実験や調査に取り組む。
そして、その修士課程の集大成とも言えるのが、修士論文発表、略して修論発表だ。山岡や佐竹の所属していた研究室では、その修論発表が毎年の2月の上旬に行われる。
「私はそれなりに結果出てるので、そんなに大変じゃないですね」
「さすが学年NO.1」
「もう過去の話ですよ」
佐竹はその代の主席だった。と言っても大学の学科の中での話なので、規模は100人程度だ。
「あとはM1達が就活に忙しそうです。冬のインターンが近いので」
修士は英語でMasterと呼ばれるので、修士1年をM1、修士2年をM2と呼ぶ人が多い。山岡はM1と言う響きに懐かしさを覚えていた。ここでいうM1は、山岡の2つ下の代になる。
「まぁそうだよな。ここで行きたい企業のインターン行けるとでかいしな」
「ですね。今年も山岡さんたちの代みたいに、IT系志望が多いですよ」
「みんな物好きだねえ」
なんて2人が話していると、目的地が見えてきた。
「この店だな」
山岡の視線の先には、一言で言えばスペインバルのお店があった。ガラス張りの外観に、赤い軒下がある。表には黒いイーゼルに白いチョークで料理や飲み物の内容がおしゃれに書かれている。
「行きましょう!」
佐竹はヤル気満々、とでも言うように片手を突き上げた。山岡は頷き、お店のドアを開けた。
「予約した山岡です」
お店に入り、山岡は店員さんにそう告げた。店員さんは滑らかに山岡と佐竹の2人を壁際の4人席に案内した。
足の黒い、高い丸椅子にすわる2人。スペインバルによくありそうな椅子だ。辺りはそこそこ賑わっている。
「山岡さん、何飲みます?」
佐竹は荷物を隣の椅子に置くと、山岡にメニューを差し出した。
「そしたら、このスパークリングワインかな」
ビールが苦手な山岡は、甘めのスパークリングワインを選んだ。
「じゃあ私もそれにしよっと」
佐竹は店員さんに声をかけ、2人分の飲み物を頼んだ。飲み物が来るまでの間、山岡は気になってたことを聞いた。
「佐竹、髪染めたんだな」
「お、気づきましたか。染めました、ピンクです、桃色です」
佐竹はそう言って、自分の肩の下まで伸びた髪に触れた。
「もちろん気づいてたよ。元々佐竹は黒のポニーテールのイメージだし」
「そうですよね。まぁ、前々から染めてみたかったんですよねー。学生最後ということで、イメチェンしてみました」
「すごい変わったな。似合ってるよ」
「ありがとうございます」
佐竹は満足そうに、笑っている。何となくだが、前よりも笑顔が増えたなと山岡は思った。
「卒業まであと3ヶ月ないもんな。卒業旅行はどこに行くんだ?」
佐竹は山岡の1つ下の代なので、今年の3月で大学を卒業し、就職する。
「ヨーロッパを何ヵ国か回ろうと思ってます。スペイン、フランス、イタリアあたりを」
「いいね。何でヨーロッパに行くことにしたんだ?」
「美味しいワインを飲みながら、綺麗な景色が見たくて」
「酒好きなのは変わらないな......」
山岡が呆れていると、店員さんがスパークリングワインを持ってきた。山岡と佐竹はそれを手に持ち、乾杯した。上品でスッキリした甘さと炭酸の爽快感が口一杯に広がる。
「美味しいですね」
佐竹も満足そうにスパークリングワインを飲んでいる。
「今日は久しぶりに飲もう、って話だったけど。何かあった?」
山岡は今日の飲み会が、なぜ開催されたか分かっていなかった。
「先週の日曜日、中田さんが研究室に来たんですよ」
佐竹は話しながら、近くを通りかかった店員さんに声をかけ、ツマミになりそうなものを頼む。山岡も適当に2品ほど頼んだ。
「あぁ、俺が中田と飲んだ次の日か」
「たぶんそうです。山岡さんと前日に飲んだ、って中田さんも言ってたので。中田さんは自分の会社の紹介に来てました」
1月、2月頃になると、研究室の卒業生が自社の紹介にやってくる。興味がある学生がいれば紹介するし、特にいなければパンフレットを置いていく。これは毎年の恒例行事となっている。
「で、中田さんと何人かで飲んだんですけど」
「飲んだのかよ」
相変わらず中田も佐竹もよく飲むな、と山岡は思った。
「山岡さんが彼女と別れたと聞きまして」
「......あー、なるほどね」
「今日はその事情聴取です」
ピンクの髪の後輩、佐竹はこちらを見ながらニコニコしている。店内の暖色系の明かりに、その髪が輝いている。最近は髪の明るい女の子に会うことが多いな、と山岡はふと思った。
店員さんがちょうど1つ目の料理を持ってきた。
「で、いつ別れたんですか」
「12月の頭くらいだよ」
「どれくらい付き合ってましたっけ」
「3,4年くらいかな」
「長いですね」
「まぁ、ちょうど大学4年の終わりに付き合ったからな」
山岡はテーブルの上にあるチーズの盛り合わせをつまむ。美味しい。
「確か、同い年の彼女でしたもんね。彼女さんは......」
佐竹は言葉を切り、腕組みをした。何か考えるように数秒待った後、答えた。
「失礼、元カノさんですね。訂正します」
「お、おう。お気遣いどうも」
山岡が拍子抜けしているのを尻目に、佐竹は続ける。
「元カノさんはそのまま学部卒で就職して、山岡さんは大学院に進んだと」
「そうだな、よく覚えてるな」
佐竹はやれやれ、といった風に首を横に振る。
「山岡さんと中田さんと飲みに行くと、大体、中田さんに彼女がいない話と山岡さんの彼女の話をしてたじゃないですか」
山岡はハハハと乾いた笑いをした。
「そういえばそうだな。大体、誰かの恋愛話を酒のつまみにしてたような」
「まぁ、大学生なんてそんなもんですよ」
佐竹はサーモンをつまみながら、スパークリングワインを飲み進める。
「ずばり、別れた理由は生活リズムの不一致ですかね」
「え、いきなり? どういう意味?」
佐竹の唐突の物言いに、山岡は焦る。そんな山岡を置いてきぼりにしながら、佐竹は続けた。
「山岡さんは今年社会人1年目。対する元カノさんは社会人3年目。社会人と学生のカップルが、やっとお互い社会人のカップルになれた」
山岡はとりあえず黙って佐竹の語りを聞いてみる。
「だけど、山岡さんは社会人1年目で余裕がない。日々の仕事をこなすので精一杯。一方、元カノさんは社会人生活にも慣れ、余裕がでてきた」
「何か飲む?」
「ありがとうございます、同じやつで」
佐竹のグラスが空になったタイミングですかさず次のお酒を頼む。佐竹は熱を込めて語り続ける。
「元カノさんにきちんと気を遣ってあげられない山岡さん。そんな元カノさんに迫る職場の先輩。先輩はイケメンで、仕事もできて、余裕もある!」
佐竹の話も佳境のようだ。山岡はグラスに口を付けながら、そう思った。
「揺れ動く元カノさんの心。それに気づかない山岡さん......そして、元カノさんから別れを切り出されてしまったのでした。ちゃんちゃん」
「最後は急にまとめたな」
「ちょっと話が長くなりすぎたなと思いまして。反省です」
佐竹は運ばれてきたスパークリングワインを飲み、一息ついた。
「とりあえず、山岡さんが別れた理由を予想してみましたが、どうでしょう?」
営業スマイルで山岡を見てくる佐竹。
「まぁ、半分くらい合ってるかな」
佐竹は喜んだ。
「半分も当たってたら、上出来ですね。じゃあ、別れた本当の理由って何なんですか?」
ジーッと見つめてくる佐竹。この後輩から逃げるのは難しそうだ、と山岡は観念することにした。
「彼女と別れた理由はな――」
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山岡:レベル60
佐竹:レベル?
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