第07話 本当の思いと交換条件。
「何で好きなお菓子を作ってる会社に就職しようと思ったんですか!?」
ハルの発言に驚きつつ、ミキはハルと斉藤さんの様子を固唾を飲んで見守る。
第3タームにA食品会社の説明会に参加した後、第4タームに電気機器メーカー、第5タームにIT企業の説明会に参加した。それぞれ、ミキが聞いてみたいと思っていた説明会だ。ハルはミキに着いていき、2人でそれらの説明会に参加したのだった。
そして、第5タームが終わった後、ハルがA食品会社の社員の人に質問がしたい、とのことなのでここまでやって来たのだった。ハルがどんな質問をするかは分からなかったが、ミキにはハルが何かやらかすんじゃないかという予感があった。
そして出てきた質問が、
『何で好きなお菓子を作ってる会社に就職しようと思ったんですか!?』
だった。ミキからすると、そんな質問は怖くてできない。ただ、その質問の答えを聞いてみたいという思いもあった。
「好きなお菓子をつくってる会社に就職した理由ですか」
A食品会社の説明会にいた斉藤さんはそう繰り返した。
「そうです」
見山は真っ直ぐ斉藤さんの目を見つめ返す。数秒の沈黙の後、斉藤さんは笑顔を見せた。
「やっぱり、自分が良いと思う物を多くの人に届けたいと思ったからですね」
そう答えると、斉藤さんは一拍置いてから話し始めた。
「就職活動をしていた頃は、どうやって会社を選ぼうか悩んでいました。食品業界に興味があったので、その中で就職することは決めていました。ただ、そこから先を決めきれていなかったのです」
見山はうんうん、と頷きながら尋ねる。
「そうなんですね。どういったところで悩んでいたんですか」
ハルからの質問に対し、斉藤さんはニコニコしながら答えた。
「やっぱり様々な条件ですかね。給料、勤務地、転勤の有無、将来性とか。自分にとって1番大事なものを決めきれていなかったんです」
「1番大事なもの、ですか」
見山はその言葉を反復する。
「えぇ。そこから色々と考えました。そして私が気づいたのは、食品会社にとって一番大事なのは、消費者の方に、食べて笑顔になれる物を届けることだという点です」
ミキは、斉藤さんはニコニコしながらも、真剣な眼差しでハルを見ていると思った。同時に、この話がとても大事な話をしていると感じた。
「笑顔になれる、っていうのにも色々な意味があります。シンプルに、美味しい物を食べて笑顔になる。健康に良いものを食べて笑顔になる」
ハルは、なんとなく今日の朝御飯のことを想像した。
「そういった中で私が選んだのが、私が食べて楽しいお菓子を届けて、より多くの人に笑顔になってほしい、ということです」
そう言うと、斉藤さんは説明会の時と同様にお菓子を取り出した。
「そして、私が食べて楽しいと思うこのお菓子を作っているA食品会社に入りました。これが私の志望理由ですね」
ハルとミキは2人揃ってうんうんと頷いていた。ハルが口を開いた。
「すごい、良い、志望理由です」
ハルは一瞬何かを言うのを躊躇ったが、そのまま話した。
「その志望理由にたどり着くまでどれくらい時間がかかりましたか?」
斉藤さんはうーん、と唸った後に答えた。
「結構選考も進んでたと思うので......就活が始まって3ヶ月くらいは経ってた気がしますね」
ミキはそんなにかかるんだ、と内心思った。その隣でハルが質問する。
「その時点からA食品会社を志望した、ってことですか?」
「そうですね。だから私、実は2次募集でこの会社に入ってるんですよ」
「え、そうなんですね」
斉藤さんは笑いながら答える。
「きっと就職氷河期とかだったら、入れなかったでしょうね。いやー、運も味方してくれたと思います」
斉藤さんは昔を懐かしむような目をした。そして、2人はもう少しだけ斉藤さんと話をして、A食品会社のブースを後にした。
説明会を終え、ビルを出ると、辺りは既に暗くなり始めていた。寒さに身震いしながら、2人は駅に向かう。
「いやー、説明会って意外と大変なんだね。体力使ったー」
ハルが伸びをしながらそう言うと、隣のミキはマフラーに顔を埋めながら頷いた。ポニーテールの黒髪が揺れる。
「そうだね......今日は特に疲れた気がする」
顔に疲労感を浮かべつつも、ミキの顔には満足気な表情が浮かんでいた。
「ハルちゃん、今日は帰ったらエントリーシートを書くの?」
「そうだねー、A食品会社のエントリーシートを書いてみようかな。早く書いて、やまさんに見てもらわないと」
ミキは尋ねる。
「先輩のやまさんに添削してもらうってことかな」
「そうだよ! 何てったって、やまさんは就活サポーターだからね!」
「就活サポーター......?」
ミキが疑問を抱いたところで、ハルが説明をし始めた。
※※※※※※※※※※※※
「やまさん、私の就活サポーターになってよ!」
カフェに着き、話し始めること約2時間。就活の話、レベルの話、インターンの話、説明会の話をし、そろそろお開きかと思った頃、見山はそんなことを言い始めた。山岡は目を白黒させながら、尋ねる。
「えぇっと、何だその就活サポーターって」
見山は我ながら名案、と言う顔をしながら山岡に説明を始めた。
「就活で悩みを相談できたり、エントリーシートとか面接で困ったら助けてくれたりする、謂わば就活の相談役です!」
「......なるほど」
それが就活サポーターと言うのならば、と山岡は思った。
「大学の就活課に行けば良いじゃん」
「えー、だって話しにくそうだし、あんまり良くないって聞くんだもん」
ギャルがブーブー文句を言っている。山岡には何が良くないかは分からないが、就活課に行くのが嫌だと言うことは分かった。
「じゃあ、その就活サポーターになる俺のメリットは?」
ザックリ山岡が言ったところで、見山はぐぬぬという顔をする。そしてパッと笑顔になり、答えた。
「メリットは......可愛い女子大生と話せます!」
「却下」
山岡が切って捨てると見山はさらにぐぬぬ顔になる。
「俺も仕事でそんなに時間無いし、今回みたいにいつでも付きっきりで見てやることはできない。そういう意味では、いつでも行ける就活課をオススメする」
「ちょっとだけ! ほんと少しだけで良いから!」
「......絶対にちょっとじゃすまないだろ。今日だってこんなに話す予定は無かったぞ。ほら見ろ、もう2時間超えてる」
見山の懇願も虚しく、その願いは山岡に届かない。見山としてはなし崩しで色々とお願いしていこう、という魂胆だったが。
「俺も協力してやりたい気持ちはあるが、責任を持てる自信はないからな」
山岡はこう言う安請け合いはしない性質だった。就活サポーターとやらも、きっとできなくはないと山岡は思っている。ただ、引き受けるだけでは、山岡の時間が無くなっていくだけなのだ。
一方見山は、
(ここまで就活に対するやる気を出させといて、その後のことは知りません、は無くない!?)
と思っていた。ただ、ここで感情任せに何かを言っても山岡が折れないことを見山は過去の経験から分かっていた。だからこそ、山岡が協力せざるを得ない状況を作る必要があると考えた。
考えること数十秒。長時間ぐぬぬ顔の見山に、山岡が心配し始めた頃。
「じゃあ、やまさん! 交換条件です」
「は、はいなんでしょう」
見山の敬語に山岡は改まって対応した。見山は少し変な表情をしている。しばし沈黙。山岡はこの空気感に耐えられず、手元の水を飲む。そして、そのタイミングを見計らったように見山は言った。
「就活サポーターをやってくれたら、私の裸を見た件をチャラにします!」
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見山:レベル4→5
見山は本当の志望理由を聞いた!
レベルが上がった!
ミキ:レベル19
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