第08話 就活サポーターのエントリーシート添削!
「就活サポーターをやってくれたら、私の裸を見た件をチャラにします!」
「ぐふっ!」
山岡は盛大にむせた。飲んでいた水が変なところに入り、それを必死に吐き出す。咄嗟に取ったおしぼりで、口から水をぶちまけるという惨事は間逃れた。山岡は首を振り、周囲を確認する。
「おま、こんなところでそれを言うな。それに見てな」
「いーや、夏合宿の時。あれは見てました」
見山は顔を赤らめながら山岡を睨み付け、そう言った。山岡は何も言い返せない。見山の予想外の言葉と恥ずかしそうなその顔に、山岡は罰が悪そうに視線を背ける。
「......もしかして覚えてない? あれは夏合宿の時の宿泊先で」
「覚えてる。覚えてます」
山岡はとっさに白状した。見山は顔を赤らめながらも、山岡の反応に対してニヤついている。これからこの食材をどう料理してやろうか、そんな表情だ。
「......」
山岡は無言のまま、ぐぬぬ顔をしている。
「じゃあやまさん、私の就活サポーターになってくれますか?」
見山は立ち上がり、右手を差し出す。山岡はその右手を見つめながら、少し昔のことを思い出した。あれは不可抗力だ。山岡はそう思いつつも、もう逃げ道が無いことを悟った。しばし2人の間に沈黙が流れた。
そして、山岡はその手を握った。
「交渉成立だね」
見山が勝ち誇った顔を見せる。
「......分かった、やろう」
山岡はしぶしぶといった顔で答える。こうして見山は、就活サポーターとして山岡を頼ることができるようになったのだ。
「やるからには、絶対に第1志望の内々定を取れよ」
山岡の真剣な一言に対し、見山はてへぺろしながら答えた。
「まずは、やりたい仕事を探すところからかな!」
※※※※※※※※※※※※
見山ことハルは、裸を見られたあたりの説明を省いて、ミキに山岡とのことを話した。
「そうなんだね。その先輩に何をお願いするの?」
「就活に関わること全般かな。エントリーシート見てもらったり、面接の相談したり」
「いいなー、私もそういう先輩がいたらなぁ」
「そしたら、私からやまさんに頼むから何でも言って! エントリーシートの添削とか!」
「ハルちゃんがそれ決めていいのかな......」
笑い合いながら話しているうちに、2人は駅に到着した。
「ミキちゃん、今日は本当にありがとね!」
ハルがそう言ってミキの両手を握る。ミキは笑顔で答えた。
「うん、こちらこそありがとう! また何かあったらいつでも連絡してね」
そして2人はそれぞれの帰路につく。
「――よし、帰ったらエントリーシート書くぞー!」
見山は気合いを入れながら、電車に乗り込んだのだった。
※※※※※※※※※※※※
「やまさん久しぶりー!」
1月も半ばに差し掛かった頃、説明会に参加した後の週末。山岡と見山は以前と同じカフェに集まった。いつものごとく、山岡が先に席に着き、見山が後からやってきた形だ。
「今日も元気そうだな」
今日は見山の書いたエントリーシートの添削を行うことになっている。山岡は別に会わなくても良かったが、「対面の方が分かりやすい!」という見山の意見があり、再び集まることになった。
「それにしても......髪染めたんだな」
「流石にね!」
見山は自分のボブの髪を触りながら答える。その髪の色は、金ではなく、黒でもなく、茶色だった。ちょっと明るめの。
「黒にはしなかったんだな」
「黒にすると雰囲気重くなるからねー。これくらいならまだ平気でしょ!」
山岡としてはまだ明るいと思うが、金髪よりはましなので突っ込まないことにした。今の見山は茶髪ギャル。今日の服装は黄色のニットにスキニーのジーパンだ。ニットの丈はぴったりめだ。
「今日はたくさん書くからね! 動きやすい格好にしたよ!」
「スポーツする訳じゃないんだけど」
時間は15時頃。添削に集中するために、お昼時を避けた形だ。2人は飲み物を頼み、早速本題に入った。
「さっそく志望理由からいくか」
見山は鞄から2人分のエントリーシートのコピーを取り出した。山岡は、見山から事前にエントリーシートを送ってもらい、既に目を通していたが、もう1度その内容を見る。その上で、質問をぶつけた。
「――この文章で、見山が言いたいことは何だ?」
「......えぇっと」
見山は山岡からの質問に戸惑っていた。何故ならその質問の答えは、渡してあるエントリーシートに書いてあるからだ。志望理由には、以下のように書いてあった。
『私は貴社のお菓子が大好きです。特にお菓子の◯◯が好きで、幼い頃から食べていました。◯◯が好きな理由はその食感と濃厚な甘さです。パキン、という軽快な食感と口の中で溶けたときの甘さが非常に好きです。
私はそんな◯◯を多くの人に届ける仕事がしたいです。子供から大人まで楽しめるこのお菓子の新しい味を考えたり、どうしたらもっと多くの人に食べてもらえるかを考えたりしたいです。そして、いつか私の考えた◯◯を販売して、多くの人々に喜んでもらいたいです』
A食品会社のエントリーシートに必要な記述項目は全部で3つだ。1つ目は志望理由300文字以内、2つ目は学生時代に力をいれたこと300文字以内、3つ目はA食品会社の好きなお菓子100文字以内。どれもこれも初めて書く内容だったので、見山はまず書き終えるのに苦労した。そんな見山からすれば、
(何でこんな質問してくるんだろ?)
と、疑問に思うのは当然だった。そもそもこの文章は文字数も約220文字と少なめだし、内容も説明会で出会った斉藤さんの話を元に捻り出したものだ。そのあたりを突っ込まれるのなら分かる。
質問の真意は分からないが、見山はいつも通り思い付いたことを口にすることにした。
「A食品会社のお菓子が好きだ! ということかな!」
見山は堂々とそう答えた。山岡はそれに対し、頷いた。
「確かにそれは分かる。じゃあ質問を変えよう」
分かるのかよ、と見山は内心突っ込みをいれた。運ばれてきたホットレモンティーを飲みながら、山岡は尋ねた。
「志望理由の文章で、見山が伝えなきゃいけないことは何だ?」
「伝えなきゃいけないこと......?」
見山は首をかしげつつ、その事を答える。
「会社に入りたい理由じゃないの?」
「そうだな。じゃあ見山の会社に入りたい理由はなんだ」
「A食品会社のお菓子が好きだから」
「それじゃ、A食品会社のお菓子が好きな人はみんなA食品会社に入ることになるな」
「......それは言いすぎじゃない?」
見山がムッとして言い返すと、山岡はニヤリと笑った。
「まぁ確かに言いすぎだけど、そう思われかねない文章になってるよ、ってことだ」
「そんなー。それはやまさんの性格が悪いだけだしー」
「普通に悪口を言うな」
突っ込む山岡。
「じゃあ、見山の志望理由を元に俺が考えてきた志望理由を見せよう」
「え、そんなのあるの?」
「うん、事前に作ってみた。これ読んでみて」
山岡が手渡した紙には、以下のように書いてあった。
『私は貴社に入り、多くの人々に喜んでもらえる◯◯を考える仕事がしたいです。私は幼い頃からお菓子の◯◯を食べていました。◯◯が好きな理由はその食感と濃厚な甘さです。パキン、という軽快な食感と口の中で溶けたときの甘さが非常に好きです。
私はそんな◯◯を多くの人に届ける仕事がしたいです。子供から大人まで楽しめるこのお菓子の新しい味を考えたり、どうしたらもっと多くの人に食べてもらえるかを考えたりしたいです。そして、いつか私の考えた◯◯を販売して、多くの人々に喜んでもらいたいです』
「なんか......ほとんど私の文じゃん!」
「そうだ。見山の文をほとんどそのまま使ってる。どっちの文章が読みやすい?」
見山は受け取った紙と自分のエントリーシートを見比べる。
「......認めたくないけど、やまさんの文かな」
「そこは素直に認めてくれ。じゃあ何で俺の文の方が読みやすいんだと思う?」
見山は紙を並べて見比べ始めた。
うーん、と唸りながら、見山は答える。
「ほとんど同じ文だけど、文の順番が入れ替えられてる気がする」
見山は文章を指差しながら話す。
「最後に書いてあった『私の考えた◯◯を販売して、多くの人に喜んでもらいたいです。』って文章が最初に書いてあるかな」
「その通り」
山岡は笑顔で答える。
「これがエントリーシートの基本中の基本、結論ファーストだ」
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見山:レベル5
山岡:レベル60
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