第20話 失敗を糧に。

 「俺に痛い目にあって欲しかった?」


 山岡は目の前にいる先輩――相川の言葉の意味が分からなかった。そんな相川は、コーヒーを飲みながら山岡を見つめている。


 「ああ、そうだ」


 相川は現在修士1年の山岡に対し、2つ上の先輩だ。今年の3月に研究室を卒業し、現在は別の研究室で博士課程に進んでいる。卒業後も時々こうやって研究室に来ては、教授や学生と話をしている。


 「な、なんでですか」


 相川の肯定にたじろぎながら、山岡は相川に理由を尋ねた。相川は事も無げに言葉を続けた。


 「まず、私が山岡君のエントリーシートを見たときに、このエントリーシートは可もなく不可もない内容だなと思った」


 「この前のZ社のエントリーシートですね」


 「そうだ。エントリーシートとして文章構成は悪くないし、読みやすかった。ただ内容が」


 相川はそこで言葉を切り、山岡を再び見つめた。相川の切れ長の鋭い目に見つめられ、山岡は緊張した。


 「面白くなかった」


 山岡のエントリーシートをバッサリと切り捨てた相川。山岡がショックを受ける中、相川は言葉を続けた。


 「君は優秀だ。言われたことは大抵素直に受け入れ、自分のモノにする。エントリーシートの内容の整い方からも、そこが伺えた。ただ、その文章の中に、君の強い思いや、そこの会社じゃなきゃダメなんだ、という気持ちは感じられなかった」


 貶されているのか、褒められているのか、山岡はなんとも言えない気持ちになった。


 「だから、私は何も助言をしなかった。とりあえず痛い目にあった方が良いと思った。ただそれだけだよ」


 相川はそう言って、ふたたびコーヒーに口をつけた。山岡は一瞬呆然としていたが我に返り、反撃した。


 「エントリーシートの内容が面白くないから痛い目に合え、っておかしくないですか」


 相川は不思議そうに首をかしげた。


 「おかしくないと思うよ。痛い目に合った方が学びが多いからね」


 相川は急に立ち上がると、研究室にあったホワイトボードに何かを書き始めた。


 「例えば山岡君、就活本番でエントリーシートが選考に通らなかったとしよう。どんな気持ちになる?」


 「それは......悲しいですね」


 「何故だ? 別に死ぬわけでもないのに」


 相川はホワイトボードに、『山岡』『エントリーシート』『×』と書いた。相川の極端な表現に面食らいながらも、山岡は食らいつく。


 「それは、もうそこの会社の選考を受けられないから悲しいんですよ」


 「何故選考を受けられないと悲しいんだ?」


 「その会社に入りたいからですよ」


 「確かにその通りだな」


 相川はホワイトボードの『山岡』の隣に『入りたい』という文字を書き加えた。


 「じゃあこれがインターンだったらどうなる」


 「まぁ、インターンでも落ちたら悲しいですね」


 「だろう。じゃあ、就活本番とインターン、どちらを落ちた方がより悲しい?」


 「それは――就活本番ですね」


 「そうだな。何故ならインターンで落ちても就活本番で同じ会社を受けることは可能だ。すなわち、まだその会社に入るチャンスがある」


 相川はそこまで話すと、ホワイトボードに、インターン、落ちても平気、と書き加えた。山岡は相川がせっせとホワイトボードを書く中、相川の後頭部のシニヨンを眺めていた。


 「さて山岡君。インターンに落ちた時、君は悲しんだね。その次に思ったことはなんだ?」


 山岡は少し考え、すぐに答えを発した。


 「何で落ちたんだろう、と思いました」


 「そこだよ」


 相川は『インターン』『落ちても平気』の文字に続けて『何故落ちたのか』と書いた。そして、『何故落ちたのか』の下に二重線を引いた。


 「これが重要だ。受かった時に何故受かったのかを考える人は少ないが、落ちた時はほとんどの人が何故落ちたか考える」


 「......言われてみればそうですね」


 山岡は今までのインターンのことを思い出し、その言葉に同意した。今までインターンに落ちたことがなかった山岡は、そこまで深くインターンのこと、エントリーシートのことを振り返っていなかった。


 「これこそが、この研究室の先輩方が早めにインターンを受ける理由だよ」


 相川はホワイトボードに、山岡を始点にぐるりと1周させた矢印を書いた。


 「インターンは落ちてもまだ次がある。落ちたら何故落ちたかを考え、そこを修正する。そしてそれを繰り返していく。これは、落ちたら終わりの就活本番ではできないことだ」


 相川はそう言うと山岡をジッと見つめた。


 「だから私は、山岡君にインターンに落ちて欲しかった。このままインターンに受かり続け、就活本番を迎えて大失敗しないようにな」


 「......だから痛い目にあって欲しかったと」


 「その通り」


 相川はそう言うとホワイトボードの前を離れ、山岡の前に再び座った。そしてカバンから自身のペットボトルを取りだし、それを飲んだ。相川の表現は相変わらず極端だと山岡は感じた。


 「山岡君、このやり方の欠点は何だか分かるかい?」


 「このやり方......ってインターンを何度も受けることですか?」


 「そうだ」


 山岡は相川の問いに対し、考え、答えた。


 「インターン、もとい就活に飽きてしまう、ということですか」


 「それもあるな。だがもっと別の欠点がある」


 相川は机の上にあったマグカップからコーヒーを飲み、少し間を空けて話した。


 「まぁ、その欠点はいずれ君には分かる」


 教えてくれないのか、と山岡が内心突っ込む。


 「山岡君、思う存分失敗したまえ。失敗するのは怖いだろうが、安心しなさい。そういう時のために、私たち先輩がいる。痛い目にあって、失敗を糧にしなさい」


 「は、はい」


 「では私は講義に行く」


 相川はテキパキと机の上を片付け、研究室を出ていった。その姿を見送った後、山岡はホワイトボードに描かれたぐるりと1周した矢印を見つめていた。



※※※※※※※※※※※※



 帰り道、山岡は昔のことを思い出してい た。あれはもう2年以上前のことなのか、と感慨にふける。相川は山岡の中で最も印象に残っている先輩だ。今日の見山とのやり取りは、そんな相川に「痛い目に合え」と言われた話を思い出させた。


 結局、見山のエントリーシートを話をした後は、最近の見山の大学の話やサークルの話を聞いて、解散になった。見山はどことなく覇気がなく、飲みの場での話は尻すぼみ的に終わっていったのだった。


 就活は辛いことの方が多い。企業に貶められることもあれば、周りの友人、先輩からダメ出しされることもある。そこに学びがあると言われればそうなのだが、学生はみんながそこまで強いわけじゃない。そこをきちんと支えてあげられる人が必要だと山岡は思っていた。


 そんな物思いに耽っていると、スマホの振動を感じた。ポケットからそれを取り出し、画面を見た山岡は目を見開いた。


 「やまさん、インターン受かった!」





△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 見山:レベル12→13

  見山はインターンに受かった!

   レベルが上がった!


 山岡:レベル60

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