第19話 振り返りと痛い目。

 「いやー、山岡君のお陰で助かったよ!」


 山岡の上司、山下は満面の笑みを浮かべている。


 「マネージャー、今週はそんなに指摘してこなかったですね」


 「そうね、今週の週報は進捗良かったしね」


 山岡の仕事は、山下の担当のプロジェクトに参加し、山下のサポートをすることだ。1年目なので山下のサポートをしつつ、プロジェクトの動かし方を学ぶのが目的となる。


 「あとは、お願いしてる資料を2つ作成してもらってもいいかな?」


 「分かりました」


 そう言って山下はどこかに消えていった。またきっと会議があるのだろう。山岡は自分のデスクに戻り、スマホを見る。もうすぐ定時になることを確認しつつ、来ていたメッセージに返信した。


 「もうひと頑張りしますか」


 山岡はそう呟くと、再び仕事に取り組み始めた。



※※※※※※※※※※※※



 「かんぱ~い......」


 「乾杯」


 カチン、とガラス同士のぶつかり合う小気味の良い音が響いた。


 「テンション低いな」


 「それはそうでしょー。B電機機器会社のエントリーシート、あんなに頑張って書いたのに落ちたんだよー」


 見山はしょぼくれながら、レモンサワーに口をつける。山岡はそんな見山を眺めながらハイボールを飲む。仕事中、見山の落ち込んだメッセージの数々を見て、山岡が飲みに誘ったのだ。


 「まだインターンも申し込み始めたばかりだろ。1社落ちたくらいで気にするなって」


 「そんなこと言ったって~」


 見山はウダウダしている。そんな見山を尻目に山岡はメニューを手に取り、料理を選ぶ。今日飲んでいる場所は、落ち着いた雰囲気の居酒屋だ。重厚な赤褐色の木の机に、同系色の椅子と柱、壁の色は黒。照明は控えめで、どこか異国情緒を感じさせる雰囲気が漂っている。半個室のようになっていて、周囲の声もそんなに聞こえない、ゆっくり話すにはちょうど良いお店だった。


 「見山、食べたいものあるか」


 「......エイヒレで」


 レモンサワーにエイヒレって、と内心突っ込みながら、山岡は注文を終えた。


 「やまさんも結構インターン落ちた?」


 見山はふて腐れた顔をしながら山岡に尋ねる。山岡は少し考えて答えた。


 「3社だな」


 「......少なくない? 普通、10社や20社落ちるのかと思ってた」


 「そういう人もたくさんいるだろうな」


 山岡はお通しの枝豆をつまんだ。


 「その差は、就活本番前にどれだけレベルを上げて準備を整えられているかだ」


 山岡はグッと枝豆を押し込み、口に豆を放り込む。


 「見山はちゃんと準備してるから、そうはならない。だから大丈夫」


 「......ありがと」


 山岡の言葉を聞き、見山は少し安心したようだ。今日の見山はミリタリージャケットを着ているからか、普段よりもボーイッシュに見える。普段と違う雰囲気で笑みを浮かべる見山は、いつもより爽やかに見えて山岡は少し見つめてしまった。


 「言われてみればその通りだね。レベル上げのためのインターンなんだから、切り替えてかなきゃ!」


 見山は気合いを入れている。山岡はそんな見山を見て、問いかけなければならないと思っていた質問を口にした。


 「じゃあ見山、インターンに落ちたら何をする?」


 「次のインターンを探す!」


 「はいダメ」


 山岡が両手を使ってバッテンを作った。見山が目をぱちくりさせる。


 「え、何で?」


 「切り替えが早いのは大事だけど、先にやることがある」


 「え、そうなの?」


 見山が慌てても、山岡は冷静だった。


 「あぁ、まずは落ちたインターンの振り返りをしないといけない」


 「振り返り?」 


 「簡単に言えば、何でインターンに落ちたのか考える、ってことだな」


 山岡はそう言うと自身のスマホを取り出した。


 「見山のB電機機器会社......B社でいいか。B社のエントリーシートはこれか」


 山岡はスマホで見山のB社のエントリーシートを見ているようだった。


 「そんなに内容は悪くない気がするけど......」


 山岡はそう呟きながら、わざとらしく見山を見た。


 「見山はなんでこのエントリーシートで落ちたんだと思う?」


 見山はフリーズした。


 「......分かんない」


 「じゃあ考えようか。エントリーシート開いて」


 2人はお酒を飲みながら、見山が書いたB社のエントリーシートを眺めている。


 「見山が志望理由で書いてる『家電の営業になって、お客様に最適な商品を提案したい』って、何か理由があるの?」


 少し間があってから、見山は答えた。


 「正直、あんまりイメージできてないかな」


 見山は思っていることを素直に言った。B社のインターンに申し込んだのは、あくまで就活のレベルを上げるためだ。今回受けてみて分かったが、見山はB社がやっていることにそこまで興味を持てずにエントリーシートを提出した。


 「そうだよな。もし俺が採用担当だとして、この志望理由を読んだら、別にB社じゃなくてもできるじゃん、ってなる」


 見山は再び自分のエントリーシートを読み、『家電の営業になって、お客様に最適な商品を提案したい』という文言に目を止めた。


 「そっか。私が書いたのは、B社で働きたい理由じゃなくて、電機機器メーカーで働きたい理由だね」


 見山は納得した。山岡はそんな見山の反応を見て、少し驚きながらも話を続けた。


 「その通り。だから、ここではB社に入らないとできないことを書かないといけない」


 「B社に入らないとできないこと......って何だろ」


 「それが分かってない、ってことが落ちた原因かもな」


 山岡はそう言ってスマホを机の上に置いた。


 「......その通りかも」


 見山は悔しそうな顔をして山岡を見てる。


 「エントリーシートの添削の時に指摘できたら良かったが」


 山岡は嘘をついた。


 「ううん、私が甘かった」


 「次からはこの点にも気を付けて志望理由を書こう」


 「はーい」


 見山は返事をしながらせっせとスマホをいじっている。きっとメモを取っているのだろう。山岡はそんな素直な見山を眺めながら、2年前のことを思い出していた。



※※※※※※※※※※※※


 「何故先に『志望理由はその企業でしかできないことを書くべきだ』って教えてくれなかったか、って?」


 「はい、事前に指摘してもらえればその点については書けたと思います」


 山岡は大学の研究室にいた。研究室にはたくさんの机が横並びになり、各机に学生たちが研究で使うPCとモニターが置かれていた。そんな机たちの手前には、大きな長机がある。この長机は教授との話し合いや学生同士の議論に使うための机だった。


 「その指摘をしなかった理由は......」


 その長机を挟んだ向かい側に先輩が座っている。先輩は白衣に身を包み、マグカップに入ったコーヒーを飲んでいる。先輩は間を空け、何かを考えた後、表情を変えずに発言した。


 「山岡君に、痛い目にあって欲しいと思ったからだよ」





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 見山:レベル11→12

  見山は志望理由の真髄に触れた!

   レベルが上がった!


 山岡:レベル60

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