第04話 説明会に参加する目的とは。

 そびえ立つビルの前で意気込む見山。その隣には、ポニーテールの黒髪の女性がいた。


 「ハルちゃん、ここが会場みたいだね」


 その女性は、ビルの前に立てられた看板を指差しながらそう言った。黒髪をポニーテールにし、眼鏡をかけ、黒のコートにグレーのマフラーを巻きながら、寒そうにしている。


 今は1月の上旬、まだまだ冷え込みが厳しい時期。2人は都心の駅から、歩いて5分くらいの位置にあるビルに来ていた。


 「やっと着いたー、ミキちゃんのおかげで助かったよー。寒いし早く中に入ろう!」


 ハルちゃんこと見山春は、ベージュのコートに白いマフラーを巻いている。ハルは足早に建物の中に向かおうとした。


 「ハルちゃんストップ!」


 黒髪ポニーテールに眼鏡のミキの急な一言に、見山ことハルはビクッとした。ハルは恐る恐る振り返る。


 「ど、どうしたのミキちゃん......」


 ハルは胸に手を当て、呼吸を整えながら聞いた。


 「ハルちゃん......コートを着てる時は、建物に入る前に脱ぐのがマナーらしいよ」


 「え、そうなの?」


 「うん、そうみたい」


 ミキの真剣な眼差しに対し、ハルは頭を下げた。


 「知らなかったー。教えてくれてありがとう!」


 ハルは感心しながらコートを脱いだ。ミキもコートを脱ぎ、やっとビルの中に入った。ビル内の暖かさにホッとしながら、ミキはハルに話しかけた。


 「駅からビルまで直結だったから、迷わずに来れたね」


 駅の改札口は地上から2階の高さにあった。そこからデッキが続いていたため、そのまま歩いてビルまでたどり着けたのだ。都心のビル街によくある構造とも言えた。


 「そうだねー。でも私、全部同じ道に見えてスゴい長く感じた」


 「ハルちゃん方向音痴だもんね......」


 ミキは苦笑いしながらそう言った。


 「でもミキちゃんが来てくれて本当に助かったよー。私、説明会に参加するの始めてだし、1人じゃ絶対たどり着けなかったよー」


 「ハルちゃん......壊滅的に方向音痴だもんね」


 再び突っ込むミキ。ミキは、ハルに道案内をお願いしたことがある。今はスマホの発達した時代。アプリを使えば方向音痴など関係ないと思っていた。ミキのその常識を覆したのが、ハルだ。


 その時は、駅から徒歩3分のお店に行こうとして、結局到着に20分以上かかった。理由は、その距離で迷うことはないだろうと言うミキの油断と、駅を出てミキが進み始めた方向が目的地と真逆だったことが原因だ。歩く距離の長さに違和感を感じた時には、徒歩3分だった距離が、徒歩10分以上になっていた。


 「いやーそれほどでも」


 「ハルちゃん、誉めてないよ」


 ミキがすかさず突っ込みつつ、2人は建物内を進む。説明会の会場の入り口にたどり着くと、そこには用紙の記入台が設置されていた。


 「ここで名前とかを書いてから、会場に入るんだよ」


 「そうなんだ! こういうの書かないと参加できないんだねー」


 2人はいそいそと参加用紙に記入を始めた。周囲には、2人のように記入を行う人の姿がちらほらと見えた。


 参加用紙の記入が終わり、受付に提出すると、トートバックを渡された。その中には、今日の説明会のスケジュール表、他の説明会の宣伝の紙、よく分からない試供品のような物等が入っていた。


 「スゴい色々渡されたね......。なに入ってるんだろ」


 ゴソゴソとハルが中を漁る。


 「ボールペンとメモ用紙と......え、何これ、化粧水の試供品? こんなのも貰えるんだ、驚き」


 「私も他の説明会に参加したときに色々貰ったよ。前のところはカイロとかもあったかな」


 「すごいね......」


 ハルは貰ったものを物珍しそうに眺める。どれもこれも企業の名前やロゴがデカデカと書いてある。宣伝を兼ねているのだろう。


 「どこの企業の説明会から参加しようか」


 ミキは説明会のスケジュール表を開きながらそう言った。


 「最初はやっぱり......」


 ハルがスケジュール表を開き始めたところで、ミキが答えた。


 「参加したい、って言ってたA食品会社?」


 「その通り!」


 ハルが元気よく答えた。ミキはそれに賛同し、2人はA食品会社のブースに向かった。


 ブースにたどり着くと、椅子が5個ずつ4列分並んでいた。前の方に座るのは何となく気が引けた2人は、1番後ろの席に座ることにして、一息ついた。


 「こちらパンフレットなので、どうぞ」


 スーツ姿の女性がするりとやって来て、パンフレットを2人に手渡した。おそらくこの会社の方だろう。


 「あ、ありがとうございます!」


 ハルとミキは不意を突かれながらも、ペコペコ頭を下げ、それを受け取った。再び一息つく。


 ハルは、やっとスケジュール表を開き、中身を確認し始める。説明会が始まるまで、あと10分くらい時間がありそうだ。


 スケジュール表を見たところによると、この説明会は全部で5回の時間に分かれている。第1ターム、第2ターム、と各時間帯に名前がつけられていて、これから始まるのは第3タームだ。午前中に第1ターム、第2ターム、が行われ、お昼休みを挟んで、第3ターム以降が行われる。ここまでは調査済みだ。


 元々、ハルがミキに第3タームから参加したい、と提案して説明会に訪れたのだった。そんな感じでハルがスケジュール表を読んでいたところ、ミキは何気なく話しかけた。


 「ハルちゃんから『説明会に行きたいから一緒に行かない?』って連絡が来た時はびっくりしたよ。前までは『就活したくない!』って言ってたから」


 ハルは苦笑いする。


 「いやー、流石にそろそろ就活しないとヤバイなと思って。でも私、説明会がどんな感じなのか分からなかったから、ミキちゃんが一緒に来てくれて本当に助かる」


 ミキはいえいえ、と言いながら、ミキの頭に視線を送る。


 「でもハルちゃん、そろそろ髪を......」


 ミキが視線を送ったハルの髪は、金色のまま。そう、ギャル見山春は健在なのだ。リクルートスーツこそ購入していたから良かったが、髪を染めるのは間に合わなかった。ただ、ハルはそのことをあまり気にしていなかった。


 「来週には髪色暗めにしようと思ってるから、大丈夫だよー」


 ハルの少しずれた返答に、ミキは思わずほっこりする。一方で、このまま流されちゃ駄目だと気づき、ミキは話を続ける。


 「でも、説明会ってその会社の人が見てる、って言うし......」


 実際のところ、ハルの隣にいるミキがここに来るまでに感じた視線の数は、相当多かった。スーツに金髪、という出で立ちはそれだけで目立つ。さらに、説明会の場にいるということは、就活生であると宣言しているのと同義だ。就活生の金髪というのは、良くも悪くも目立ち過ぎる。


 そんなミキの考えを知ってか知らずか、ハルは答える。


 「確かに金髪で来るのはどうかなー、って思ったんだよね。でも、黒染め間に合わなくても、今日は来たかったんだよね」


 「そうなの?」


 「うん、今日の説明会の目的は、A食品会社の人に志望動機を聞くことだから」


 ミキは驚いた。


 「志望動機を聞く......?」


 「うん」


 困惑するミキに対し、ハルは以前の山岡との会話を説明し始めた。



※※※※※※※※※※※※



 「説明会に行った方が良いのか、って?」


 「うん」


 ハルこと見山が山岡と話すこと約1時間。最適なレベル上げ方法についての話が一段落したので、見山は思っていたことを聞いてみた。


 「周りの友達を見てると、説明会に行って入りたい会社を選んで、エントリーシート書いて、面接に臨む、ってイメージだったから」


 「あー、そういう意味で言ったら、説明会は行かなくて良いよ」


 山岡が事も無げにそう言うので、見山は驚いた。


 「え、そうなの」


 「うん、そうなの」


 山岡は空になったホットティーのおかわりを頼んだ。ついでに見山の分も頼む。


 「俺が思うに、説明会に参加するとしたら、目的は2つしかない」


 「うん」


 「......何だと思う?」


 「えぇ、っとー......」


 逆に質問されると思わなかった見山は、虚をつかれつつも、考えた。山岡は、見山は考え事をする時、顎に手をあてる癖があるなと思った。


 白ニットが少しずれて、顎に当てた手が見える。ほっそりとした白い手に、冬らしい白色に雪の模様のネイルが覗いていた。


 「会社のことを知りたい時、とか?」


 見山が答える。


 「それなら、ネットで調べれば十分足りるな」


 山岡が×を出す。見山は再び考える。と、見山は閃いた顔をして、発言した。


 「じゃあ、会社の人に顔を覚えて貰うとか!」


 我ながら名案、という顔で見山がこちらを見る。


 「それは少し近いけど、顔を覚えてもらえることはまず無いな。正確に言うと、説明会の目的の1つは、説明会への参加が採用を進める上で必要な時だな」


 「え、そんなことあるの」


 1日を通して驚きすぎたのか、見山に疲れが見える。少しリアクションが薄れてきたようだ。


 「うん、ある。説明会に参加しないとエントリーシートを出せないこともあるし、会社によっては説明会毎に名前を記録し続けているところもある。説明会への参加自体を採用への加点として見る会社もある」


 「うわー、マメだね」


 「ただ、説明会への参加が加点になっても、大したこと無いことが多いから、そこまで気にしなくて良いかな」


 ほえー、と見山は反応した。疲れギャルの見山には、もう1つの目的を答える元気はなさそうだ。山岡はそのまま答えを言うことにした。


 「もう1つの目的は、その会社の社員の人に直接聞きたいことがある時だな」


 「聞きたいこと......?」


 「説明会では、大体最後に質問ありますか、って時間が設けられる」


 「うんうん」


 「そこで思いっきり質問をぶつける。例えば、年収はいくらですかとか」


 「え、うそうそ。そんなの聞いて良いの?」


 見山の目が見開かれる。山岡は大袈裟に言いすぎたと反省した。


 「流石に今のは冗談だけど、聞くこと自体に問題はないと思うよ。むしろどんな反応するんだろうな」


 山岡は少し想像しつつも、話を続けた。


 「俺が聞いたことある質問は、転勤はありますか、とか。別の会社と比較したときに御社の強みはなんですか、とか。結構キツイ質問をぶつけても平気だよ」


 「そうなんだー......意外とみんなはっきり聞くんだね」


 見山はおかわりのホットティーをゆっくり飲みながら、感心していた。


 「じゃあ、私が説明会に行くとしたら、その会社の人に聞きたいことがある時だね」


 「そうなるな。むしろ、他の理由、例えば会社選びに説明会に行くのはやめておいた方が良い。あっちこっち見てみて、何となく会社のことを知った気になるけど、その情報はネットでも手に入る」


 山岡は話し続けて喉が乾いたようだ。ホットティーを飲んで、それを解消する。


 「それに、行きたい会社が定まってないと、色んな業種の会社が参加する説明会に行く必要がある。その分、説明会の規模もでかくなる。◯京ビッグサイトの合同説明会になんて行ってみろ。人多すぎて吐くぞ」


 毎年就活時期になると、大規模な合同説明会の映像がテレビで流れたりするが、山岡としてはあの人混みに突っ込む気が知れなかった。体力ばかり奪われて辛い、という話も聞いたことがある。もちろん、山岡は自身の就活でそんな規模の合同説明会に行ったことはない。


 「そうだよね、疲れちゃいそう」


 「だろう。だから、説明会に参加するとしたら、さっきの2つの目的を達成できる場合だな。ちなみに小規模な合同説明会なら良いと思う」


 「ちなみに、合同説明会って何?」


 山岡がずっこけそうになる。


 「俺も正しい意味は調べたこと無いけど、複数の会社同時にで行われる説明会のことだと思う」


 「なるほどねー!」


 見山の目に光が戻ってきた。ホットティーで充電されたのだろう、と山岡は勝手に思った。


 「よーし。レベル50になって、大企業の内々定をとるぞー!」


 見山は気合いを入れ直したようだ。山岡は時計を見る。お店に入ってから、2時間以上経っていた。そろそろお開きかな、と思った時、見山は突然聞いてきた。


 「やまさん、私の就活サポーターになってよ!」





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 見山春:レベル2

 ミキ:レベル19

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